2018年09月16日

転ぶ(まろぶ)

転ぶ(ころぶ)の古い表現。
1、ころがる。
2、ひっくりかえる。倒れる。ころぶ。

「まろぶ」って、雅な響きがします。
これを拾ったのは現代の小説です。
その後に、違う小説でも出会いました。
少なくても小説家の中には、
「まろぶ」が生き続けているようです。

「転び出る」(まろびでる)
転がりでる。転がるようにして出る。

「転び合ふ」(まろびあう)
互いにころがる。ころがって寄りあう。

やわらかい響きなので、
コロコロ転がる明るいイメージがあります。

同じ転ぶでも「こける」では、印象が違いますね。

「転ける」/「倒ける」(こける)
1、たおれる。ころぶ。
2、映画や芝居などの興行が当たらないままで終わる。
3、ころげ落ちる。すべり落ちる。
4、心がある人に傾く。ほれる。

「こけつまろびつ」という表現があります。
「こける」+「つ」
「まろぶ」+「つ」
「つ」」は接続助詞で、動作の並行や同時進行を表します。
どちらも漢字にすれば「転」で、ころぶを重ねたもの。
あわてふためいて走るようすをいいます。
リズムのある生き生きした語になっています。


「丸い」/「円い」も古くは「まろい」と読みました。
「まるい」と「まろい」の音から受けるイメージは近いですね。
ちなみに、
「丸」と「円」の違いですが、
基本的なイメージとして、“円は平面”、“丸は立体”
といいながら、
平面でも丸が使われたりしています。
<どちらでも良い使い方の例>
・円い窓 ・丸い窓
・月が円い ・月が丸い
・話を円く収める ・話しを丸く収める

辞書の「まろ」をスクロールしていたら、
「まろうど」「客/賓/客人」という語が目に入りました。
「まらひと」→「まろうど」と音変化。
「まら」は「まれ」(稀)の交替形。
「まらひと」とは、“稀にくる人”で、
めったに来訪しない貴い賓客のことでした。

「客人神」(まろうどがみ)
土着の神ではなく、外から来訪して、
その土地で信仰されるようになった神。









posted by 空凛 at 08:00| Comment(0) | 言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月09日

人称代名詞(にんしょうだいめいし)

人物を指し示す代名詞。
=人代名詞(じんだいめいし)

話し手を指す「一人称」
受け手を指す「二人称」
それ以外の人を指す「三人称」
日本語は一人称、二人称が豊富です。

<一人称>
わたくし、わたし、あたし、あたい、あっし、
ぼく、おれ、おいら、わし、わて、わい、
自分、我(われ)、うち、
小生、我輩、手前、拙者、身ども、それがし、
わらわ、あちき

<二人称>
あなた、おまえ、きみ、お宅、あんた、
貴殿、貴様、貴公、御身(おみ)、お主、
汝(なんじ)、此方(こなた)、そなた、そち

<三人称>
彼・彼ら、彼女・彼女ら、
こいつ(此奴)、そいつ(其奴)、あいつ(彼奴)

不思議なのが、
一人称が二人称になったりすること。

「われ、死にたいんか!」
「てめー、殺すぞ!」

われ(我)、てめー(手前)が、
罵倒する時に使われると、二人称になっています。

「てめえ」は「手前」の音変化。

「手前」(てまえ)
1、一人称の人代名詞。
自分のことを謙遜していう語。わたくし。
2、二人称の人代名詞。
ア、対等または目下の相手をさしていう。おまえ。→てめえ
イ、「おてまえ」の形で、対等の相手をさしていう。あなた。

「てまえ」は、 “自分の手の前” の意から、
「こちら」の意味になり、
転じて、「私」「自分」を謙遜して言う語に。
一人称としては室町時代から用いられ、
二人称としての使用は江戸時代から。

「おれ」も人称が変転していました。
驚いたことに、古くは二人称でした。
二人称としての「おれ」は、
主に飛鳥時代から平安時代かけて用いられました。
一人称としての「おれ」は、
鎌倉時代以降に使われるようになり、
江戸時代になって多用され、
貴賊・男女の別なく用いられましたが、
江戸の後半期頃から女性が使うことは絶えました。
同等もしくは目下に対して多く使われましたが、
目上に対する用例もあり、
江戸期までは現代のようにくだけた語ではなかったようです。

「汝」(なんじ)は、
古くは相手を尊敬して呼んだ語と推定されますが、
奈良時代以降、
対等またはそれ以下の相手に対して用いられ、
中世以降は目下の者に対する、最も一般的な代名詞として用いられました。

「彼」「彼女」は翻訳語として登場しますが、
明治以前は「彼」のみで、性別の区別はありませんでした。
さらに古くは、「彼」は物を指していました。

その三人称の「彼」「彼女」が二人称的に使われることがあります。
「そこの彼、質問をどうぞ」
「彼女、ちょっとお茶しない?」

不思議とも思わなかった家族間の呼び方。
自分以外の視点から見た呼び方をしています。
夫のことを「パパ」
自分の母親のことを「おばあちゃん」
長男に「お兄ちゃん」
子供と同一化した呼び方になっています。

“目上の人を呼ぶ二人称は存在しない”
ということも、おもしろい気づきでした。
確かに、
目上の人に「あなた」とか「君」などとは呼びかけません。
かろうじて「貴殿」が手紙で使われるくらいです。

「貴殿」(きでん)
男性が目上または同等の男性に対して用いる。あなた。

日本社会で人を呼ぶ時は、
相手との距離、周りにいる人たちとの関係など、
多くのことを判断して、相応しい呼び方を選択している(はず)。
人称代名詞だけでも、人物象が浮かび上がります。







posted by 空凛 at 08:00| Comment(0) | 言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月02日

活眼(かつがん)

物事の道理や本質をよく見分ける眼識。

知らない語でした。
世間ではよく使われているのかとWebを検索してみると、
本のタイトルにありました。
「活眼を開く」北尾吉孝
「活眼の刻−柳生兵庫助」津本陽
「活眼 活学」安岡正篤

「活眼」の類語は7つもあります。
「達眼」「具眼」
「炯眼」(けいがん)「慧眼」(けいがん)
「眼力」「眼識」「心眼」

私は勘違いして、
「慧眼」を「すいがん」と読んでしまいましたが、
「慧」は “さとい” “かしこい” 意。
「彗星」(すいせい)の「彗」は“ほうき”の意。

「活眼の士」という表現があります。
「〇〇の士」これは、
達眼・具眼・炯眼・慧眼に言い換えられますが、
「活眼を開く」は、活眼に限る表現です。

「死語」の対義語は「活語」
「死」の対義語は「活」と「生」
「死活」=「死生」
「活殺自在」=「生殺与奪」

「生」と「活」は近い語で、
共に “いきる” という意味を持っています。

ここで、問題です。
「いけじめ」 or 「いきじめ」?
「いけづくり」 or「いきづくり」?
「生」 or 「活」 どちらの漢字?

▽ goo辞書の説明。
「活け締め」(いけじめ)
活魚の鮮度を保つために、
鰓(えら)の上部と尾の付け根に包丁を入れて
血抜きをすること。いきじめ。

「生け作り」/「活け作り」(いけづくり)
1、生きた鯉・鯛などを、頭・尾・大骨はそのままに、
身だけをそいで刺身にし、骨の上に並べてもとの姿に盛りつけた料理。いきづくり。
2、新鮮な魚の刺身。

goo辞書では「いけじめ」は「活」だけでしたが、
辞書によっては「生」も載せています。
江戸時代から「いけづくり」「いきづくり」両用使われていて、今に生きています。
最近は、「活〆」(かつじめ)とも言われます。

気がつけば、「〇活」という語が増殖しています。
恋活・婚活・妊活・保活(保育園)
朝活・夕活・休活(休日)
燃活(ダイエット)・菌活(善玉菌摂取)
温活(体を温める)・涙活(思い切り泣く)
免活(教習所)・懸活(懸賞)・納活(ふるさと納税)
部活(部活動)・学活(学級活動)
アゲ活(魅力をあげる)・だし活(うま味で減塩)
ベジ活(野菜を積極摂取)・冷活(冷凍食品)
終活

「就活」と縮まったのは2000年前後なので、登場して20年近くになります。
「終活」は週刊朝日の連載で2009年から。
「婚活」も10 年近くになり、定着しました。

「独活」は一人活動かと思いきや、植物の “ウド” でした。








posted by 空凛 at 08:00| Comment(0) | 言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月26日

やばい

若者の間で日々飛び交っている「やばい」。
ポジティブにもネガティブにも使える、
変幻自裁の「やばい」を取り上げてみました。

「やば」(形容動詞)
法に触れたり危険であったりして、不都合なこと。
江戸時代にも使われていた語です。

「やばい」(形容詞)
危険や不都合な状況が予測されるさま。あぶない。
「やば」の形容詞化。
元は、的屋・泥棒などが警察の手が及ぶ恐れのある時に
使われた隠語です。

若者の間では、
“最高!” “すごくいい” の意にも使われます。
良くないことをいう否定的用法から良いことをいう肯定的用法に、どのように変化したのでしょう。

辞書の改訂から「やばい」の意味の変化を辿ってみます。

<<新明解国語辞典>>
◇初版−1972年
警察につかまりそうで危険だ。

◇3版−1981年
1、警察につかまりそうで危険だ。
2、不結果を招きそうで、まずい。

◇4版−1985年
3班と同じ。

◇7版−2012年
1、違法なことをするなどして、
警察の手が及ぶ恐れのある状態だ。
2、自分の身に好ましくない結果を招く様子だ。
3、最近の若者の間では、
一種の感動詞のように使われる傾向がある。

<<岩波国語辞典>>
5版の1994年に初めて「やばい」が登場します。

危険や悪い結果が予測されるさま。
あぶない。まずい。

◇7版−2009年
1、危険や悪い事が起こりそうな形勢だ。あぶない。
2、近年は「すごい」の意味でも使う。

<<広辞苑>>
今年10年ぶりに改訂になった「第7版」で、
若者用法が追加されました。

1、不都合である。危険である。
2、のめり込みそうである。

だいたいの時代感覚がつかめましたでしょうか。
両面で使わるようになって20年くらいと思われます。
最近は、
「やば」「やべえ」「やべ」と短くなっています。

正反対のことを表現する「やばい」。
気心の知れた仲間同士でないと、混乱をきたしますね。
最後に、
「やばい」だけで成り立つヤバイ会話を紹介します。
+ --- + --- +
A「やばい!ここの料理めっちゃやばい!」
B「ほんとだ。ガチでやばい!」
A「あー、もうお腹もやばいわ」
B「オイラ財布やばいからおごりね!」
A「ええ!? ていうか金額やばくね?
やばい! 金ないし」
+ --- + --- +
A「この猫やばい!」
B「ほんとだ。やばいねー」
A「まじやばい! 連れて帰りたい!」
B「君のアパート、ペットやばいんじゃないの?」
A「やばいけど、この子をこんなやばいところに
ほっとく方がやばくない?」
B「じゃさー、もらってくれる
やばいくらいいい人を探そうよ!」
A「よし! 今からやばいいい人を探しにいこう!」
+ --- + --- +

まあー、めまぐるしく良い/悪いの意味が変わること。
これだけ使い倒されていると、あきられないでしょうか。
「やばい」の今後が気になります。







posted by 空凛 at 08:00| Comment(0) | 言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月19日

服ふ/順ふ(まつろう)

従う。服従する。
「まつらう」の音変化。

「服ふ」を「まつろう」と読むことに驚きましたが、
古語なので、現在 目にすることはめったにありません。

「服ふ/順ふ」(まつらう)は、
動詞「奉る」(まつる)の未然形に
反復継続の助動詞「ふ」が付いた語。
貢ぎ物を献上し続ける意から。

「奉る」(まつる)と「祭る」は同語源で、
「祭り」の語源は、
奉仕する意の「まつらう」に由来すると言われています。

祭りという漢字は、
「夕」= 肉、「又」= 手、「示」= 祭壇
という成り立ちで、
いけにえの肉を神にささげる様子を表しています。
「祭り」は元々は祭祀でした。

「祀り」「祭り」の違いが気になりますが、
どちらも “神仏・祖先をまつること。また、その儀式”
それ以上の説明はいろいろあって、確信を持って書けません。
私の中では「祀」の字に祈祷のイメージがあります。
現在「祀」は常用漢字表に載っていないので、
公文書などでは「祭る」に統一されています。

Webに面白い記事がありました。
「まつり」「まつる」の語幹である「まつ」は「待つ」に通じる。
という説で、語源はどうであれ、腑に落ちました。
-- -- -- * -- -- -- -- -- -- * -- -- --
「御祭りの原点」
http://www.caguya.com/kannagara/?p=10487
本来のお祭りはすべて神様が降臨するのを待つことであり、
その待つ心の中に信仰の根源があるように私は思います。
待つことは信じることであり、
信じることが待つことですから
「まつらう」ことも「たてまつる」ことも
この「まつ」があってこそのものです。
-- -- -- * -- -- -- -- -- -- * -- -- --

「まつろう」に対して「まつろわぬ」と言います。

「服わぬ」(まつろわぬ)
従わない。帰順しない。

「まつろわぬ民」「まつろわぬ神」などの表現で用いられます。
日本神話の中で語られています。

「帰順」(きじゅん)
反逆や抵抗をやめて服従すること。帰服。









posted by 空凛 at 08:00| Comment(0) | 言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする