2008年07月05日

料簡(りょうけん)

・料簡が違う
・料簡が狭い
・料簡が深い
など使う「料簡」。
わかっているようで、なんとなくつかみどころのない言葉でした。

「料」は米とますの合字で、米をますで量る意。
「簡」は分別する、選ぶという意。
「料簡」(りょうかん)は本来、はかり選ぶという意味ですが、
日本では「りょうけん」と読んで、心の中であれこれの事情をはかり、
その中から適切な考えを選ぶ「思案する」の意味になりました。
転じて「大目に見て許す」の意味にも使われます。
1、考え。気持ち。思案。
2、よく考えて判断すること。
3、許すこと。がまんすること。勘弁。
4、処置。とりはからい。

調べていて、仏教語の「料簡法意」という言葉にぶつかりました。
法意とは、仏法のこころ、仏さまの説かれた教えのことです。
「料簡法意」とは、仏さまの教えをもとによく考えてみるということ。
何かを決断するときには、仏さまの教えを羅針盤にして、間違いのない判断をしなさいということです。
この「料簡法意」(りゃけん ほうい/りゃんけん ほうい)が、ものごとを決めるときの掛け声になり、「ジャンケン・ポン」「ジャンケン・ホイ」の語源になったとする説があります。
posted by 空凛 at 15:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月29日

生半可(なまはんか)

中途半端なこと。不十分なさま。

「生半可」は 「生」+ 「半可」という成り立ちです。
“中途半端、不十分”の意を表す接頭語の「生」と、
「半可通」の省略からできています。
「半可通」(はんかつう)は、
中途半端に知っている意。
よく知らないのに知ったふりをすること。通人ぶること。

「半可通」は江戸時代に見られた言葉ですが、「生半可」は明治になって登場しているようです。

この接頭語の「生」は便利で、たくさんの「生○○」言葉を生んでいます。
●中途半端、不十分という意味の「生」
生意気、生返事、生兵法、生かじり、
生殺し、生煮え、生乾き、
生あくび、生やさしい、生ぬるい、生暖かい

●ライブ、ダイレクト、リアルという意味の「生」
生放送、生中継、生演奏、生原稿

他にも、
生野菜、生肉、生ビール、生ジュース、生傷、生足・・

「生」の活用範囲は実に広いですね。
posted by 空凛 at 15:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月28日

笑覧(しょうらん)

自分の物を他人に見てもらうときの謙遜語。

仕事の文書で発見しました。
こんな言葉があったと、初めって知りました。
正直、単なる文書を回覧するだけなのに、“へりくだるにも程がある”と思ってしまいました。

同じ謙遜語としての「笑」で、
以前「笑納(しょうのう)」を取り上げました。

「笑」
ショウ、わら-う、え-む
口もとにしなをつけてわらう意。
もともとは「ほほほ」といったほほえみでしたが、
現代では大笑いにも使います。
「笑」は、花が咲く、つぼみが開くという意味もあります。
実は、
「咲」は「笑」と同じ“しなをつくってわらう”という意味の漢字でした。
それが日本で、
口元のほころぶさまを花にたとえて、
花が開くという意味に使われるようになり、
花がさくには「咲く」、
わらうには、「笑う」、
使い分けされるようになりました。

「咲く」は良く知ってる漢字ですが、笑うと同じ意味だったとは。
身近な漢字なので、いろいろ使われているかと思いきや、
熟語が「巧咲/巧笑」(こうしょう)以外ありません。
「咲」は「咲く」だけで、漢字界で いいポジションを得ていますね。
posted by 空凛 at 18:58| Comment(2) | TrackBack(0) | 言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月22日

やっぱり気になる「させていただく」

芸能人、政治家、企業の記者会見、サービス業の方たち・・そして一般にも
「させていただく」は耳障りなほど巷に溢れています。
歌わせていただく、結婚させていただく、閉会させていただく、お申し込みをさせていただく、お訴えをさせていただく・・・

「させていただく」は相手の許容を前提に自分から何かをするときに用いる謙譲語です。
自分の一方的な行為には使いません。
ただあまりにも丁寧表現として「させていただく」が耳に定着してしまったため、省きずらい面も確かにあります。
例えば、よく使う、
「○○は本日お休みをいただいております」ですが、
ある敬語の本には、
「いただく」は「もらう」の謙譲語です。
誰かから何かをもらって、それを恩恵と受け止めているということを表します。
○○は電話の相手から休みをもらったのではありません。
「○○は本日休んでおります」「休みをとっております」が適切です。
とあります。
でも、やっぱり「いただいております」と言いたくなります。
うーん。
電話の応対は日々反省の繰り返しです。
posted by 空凛 at 18:53| Comment(2) | TrackBack(0) | 言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月21日

水入らず(みずいらず)

うちわの者だけで他人をまじえないこと。

生きるために無くてはならない水が邪魔者になっています。
なぜ水が入ることがよくないのか?

水と仲が悪いのは油。水と油はなじみません。
そこからうまく調和しないことを
「油に水の混じる(入る)ごとし」、
あるいは略して「油に水」と言いました。
そうした表現があって、「水入らず」という言葉が生まれました。

「水を差す」は、
水を加えて薄くしたり、熱いものをぬるくすること。
仲のいい者どうしや、うまくいっている物事に、わきから邪魔をすること。

また、
「水を打ったような静けさ」という表現がありますが、
私は、今まで水面を打つことだと思っていました。
水面を打ったら、静かになる??? おかしな話です。

“水を打つ”とは“打ち水”のことです。
水を打ったあとの地面は埃が立たないことから、
その場にいる大勢の人が静まりかえる様子。

打ち水・団扇・縁台・夕涼み、懐かしい日本の夏風景。
posted by 空凛 at 19:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする