2009年09月27日

とんでもない

「おぼつかない」でも取り上げましたが、
「とんでもない」もひとかたまりの形容詞で、
「ない」の部分だけを「ございません」に変えることは文法的に誤っています。
×とんでも−ありません
×とんでも−ございません
○とんでもないことです
○とんでもないことでございます

補助的な形容詞「ない」と、
否定の助動詞「ない」が混同された例です。

他にも例えば、
「やるせない」は 形容詞で、「やるせぬ」とすることはできません。

「とんでもない」を巡る書き込みはWeb上にもたくさんあり、いろいろ読んでみますと、「とんでもございません」を認める記事がちらほら目に付きました。
さらに、H19年発表の文化審議会答申の「敬語の指針」には、「とんでもございません」を容認する記述がありました。

*
謙遜して、相手の褒め言葉や賞賛などを打ち消すときの
「とんでもございません」という言い方はかなり広まっている。
褒められた場面で「とんでもないことでございます」と言ったのでは、
「あなたの褒めたことはとんでもないことだ」という意味にも受け取られるおそれがあるので、注意する必要がある。
例えば、
「あの人のしていることはとんでもないことだ」
と表現したい場合には、
「あの方のなさっていることはとんでもございませんね」
などとは言えないが、
「とんでもないことでございますね」
などは普通に用いることができる。
「とんでもございません」と「とんでもないことでございます」は、表そうとする意味が若干異なるという点に留意する必要がある。
*

また辞書のなかには、
「とんでもない」の丁寧な言い方は、
“思いもかけない”“あってはならない”“とほうもない”の意味では、
「とんでもないことです」「とんでもないことでございます」
相手の発言を否定する時には、
「とんでもありません」「とんでもございません」が多く使われる。
というように使い分けを説明しています。

当初、書き出しのような文法尊重派の内容にするつもりでしたが、文化審議会の容認は強力でした。
今後は、安心して「とんでもありません」を口にできます。




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2009年09月26日

他人事(ひとごと)

私は、この「他人事」をいつも「たにんごと」と読みそうになり、なんと紛らしい漢字かと不満を持っていました。

ちなみに、パソコンで「ひとごと」と入力すると、
他人事
人事
ひと事
人ごと
他人ごと
人毎
・・が出てきます。

辞書を見ると、
「人事/他人事」(ひとごと)
自分に関係ない事。他人に関する事。たにんごと。
とあります。

あれ、「人事」と「他人事」両方の表記があります。
「ひとごと」=「他人事」と覚えていた私は、ちょっと混乱してしまいました。
なにも紛らしい「他人事」でなく、「人事」を使えばいいのに。
何かあるのかとWebで探してみると、ありました。

まず、「ひと」には「他人」の意味があります。
もともと他人のことを意味する語には、
「ひとごと」という言い方しかありませんでした。
戦前の辞書は主に「人事」という漢字をあてていたようです。
ところが、「人事」は「じんじ」と区別がつかないため、「他人事」という書き方が支持されるようになりました。
これを誤って読んだものが「たにんごと」です。
私だけでなく、大勢の人が「他人事」を見て「たにんごと」と読んでしまうわけです。
そして近年では「たにんごと」が定着してしまって、辞書にもパソコン変換にも「たにんごと」という言葉が載るようになったというわけです。

NHKや新聞社での扱いを見てみると、
読みは「ひとごと」
表記は、
NHKが「ひと事」
新聞社が「ひとごと」「人ごと」
になっているそうです。

みなさんは「ひとごと」のこんな経緯、ご存知でした?







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2009年09月20日

言を俟たない(げんをまたない)

あらためて言うまでもない。

「まつ」の漢字には、「俟つ」と「待つ」が当てられていました。
「俟」は 常用漢字ではないため、あまり目にすることもありませんが、「俟」と「待」の違いが気になりました。

「待」は“相手が来るのを心まちにする”
「俟」は“事態が起こるのをじっとまっている”
“心まちする気持ち”のある・なしということでしょうか。
今まで意識したことはありませんでしたが、
「待」には、期待する気持ちやもてなす意が含まれていました。
歓待・招待・接待・優待・待望・待遇・待機・虐待
もてなす熟語ばかりの中にあって「虐待」だけが異色です。
「待機」は、
準備をととのえ、よい機会がくるのを待つこと。

「言をまたない」と似た言葉に、
「論をまたない」があります。
自明であって、論じるまでもない。当然である。

「言」(げん)で始まる表現には、
「言を左右にする」(げんをさゆうにする)
はっきりしたことを言わない。あいまいな返答をする。

「言を構える」(げんをかまえる)
つくりごとを言う。

“つくりごとをする”という表現に、
・口実を構える
・虚言を構える


今回は、角ばった表現ばかりで肩がこりました。




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2009年09月19日

金城湯池(きんじょうとうち)

1、守りが堅固で容易に落城せぬ城
2、ある勢力が強く、他の勢力の容易に入り込めぬ地域。

出展は、前漢のことを記した歴史書「漢書」(かんじょ)です。

お恥ずかしい話、私は「金城湯池」を見て、ゴールドの城と温泉を思い浮かべまして、「酒池肉林」的な贅沢三昧方向の意味を想像してしまいました。

「金城」は、金ぴかの城ではありません。
説明によっては「銅」だったり「鋼」とありましたが、要するに金属でできた城。
「湯池」は、熱湯をたたえた堀。

さて、ここで「堀」と「濠」の違いが気になりました。
「ほり」(堀/濠/壕)
1、地面を掘って水を通したもの。堀割。
2、地面を深く掘って敵の侵入を防ぐ防御施設としたもの。
(必要に応じて水をたたえたりする)

「ごう」(濠/壕)
土を掘って作ったみぞ。また、城の周囲に設けた堀。
水をたたえたものを「濠」、水のないものを「壕」として区別。

城の場合は「濠」ですが、ほぼ同じものを指すようです。

「金城湯池」の類義語には、
金城鉄壁(きんじょうてっぺき)、難攻不落(なんこうふらく)、
金剛不壊(こんごうふえ)、要害堅固(ようがいけんご)

あら、また自分の無知発見。
「不壊」は「ふかい」ではなく、「ふえ」と読むんですね。
破壊・倒壊・崩壊・壊滅など「カイ」と読むことが多い「壊」ですが、壊死(えし)・壊疽(えそ)など、「エ」という読み方もありました。

最後に「金城湯池」の使用例を、
・自民党の金城湯池を攻める
・共和党の金城湯池であり続ける保守的なアメリカ中西部
・グーグルはマイクロソフトの金城湯池であるパソコンOS市場に進出




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2009年09月13日

身上

「身上」には、二つの読みがあります。
「しんじょう」と「しんしょう」です。
辞書をよくよく見ると、
どちらの読みにも“身の上”“本来のねうち”という意味をもっていました。
ですが、実際に使われている例では、
「しんじょう」は“身の上”“本来のねうち”
「しんしょう」は“財産”“暮らし向き”“地位”
という使い分けになっているようです。

●「しんじょう」
・一身上の都合により退職
・誠実が私の身上だ
・身上調査を依頼する
・身上書を書く

●「しんしょう」
・一代で身上を築く
・放蕩息子が身上をつぶす
・身上の苦労

「身上」と同じ意味に「身代」(しんだい)があります。

福島県の民謡「会津磐梯山」(あいづばんだいさん)はご存知ですか?
ここに「しんしょう」が登場します。
*
会津磐梯山は 宝の山よ
笹に黄金(こがね)が エーまた
なりさがる

ことしゃ豊年 穂に穂が咲いて
道の小草(こぐさ)も エーまた
米がなる

小原庄助(おはらしょうすけさん)さん
なんで身上つぶした
朝寝 朝酒 朝湯が大好きで
それで身上つぶした
あ〜もっともだ、もっともだ
*
久々に思い出しました。
知っているのは、小原庄助さんのくだりだけですが。

唄はもっと続きます。↓
http://aiduwakamatu.client.jp/report/report/aidu-history/aidubandaisan/aidubandaisan.htm

ところで、
お見合い時に用意する「身上書」(しんじょうしょ)は、
「釣書」(つりがき/つりしょ)ともいいます。
私は字を見て、何の疑いもなく 相手を釣り上げるための文書と思っていましたが、語源は お互いの釣り合いを取るためということです。




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2009年09月12日

提灯(ちょうちん)

この週末 街は秋祭りで、商店街や神社には大量の提灯がディスプレイされ、和のムード一色です。

「提」は“手にさげてもつ”という意味で、
「提灯」は携行できる灯りを意味しています。

「提灯持ち」という言葉があります。
他人の手先に使われて、その人の長所を吹聴して回ったりすること。
頼まれもしないのに他人を誉めたり宣伝したりすること。
もとは、夜道や葬列などで、提灯を持って一行の先頭に立つ役のことでしたが、今は 媚びへつらう意味になってしまいました。

この表現をもじった、
「提灯記事」(ちょうちんきじ)
団体・企業・商品・個人を持ち上げるために書かれた雑誌・新聞などの記事。

株の世界では、
「ちょうちん買い」という言葉もありました。
仕手筋や大手証券会社の大口の買いに乗って、同じ銘柄の株を買うこと。

ちなみに、
提灯の数方は、
一個・一張(はり)・一帳(ちょう)・一本・一挺・丁(ちょう)

今さらながら「提」の“手にさげる”意味を知った私ですが、
「提」のところで気になったのは、
「菩提」(ぼだい)
知っているようで、知らなかった「菩提」について、

1、修行を積み、煩悩(ぼんのう)を断ちきって到達する悟り。
2、死後の冥福のこと。
菩提とは、
悟りを開いた仏の境地を表すことから、涅槃と同義と考えられました。

「菩提」の意味を理解したものの、
「菩提を弔う」という言い方にまた疑問がわきます。
‘悟りを弔う’? ‘冥福を弔う’?

「菩提を弔う」(ぼだいをとむらう)とは、
死者が涅槃に向うように供養すること。

ある説明によると、
一般的には、菩提=涅槃=仏の状態と捉えているところから、
「菩提」→ 「死者」で、
「菩提を弔う」→「死者を弔う」
というようなことではないかとありました。

「菩提寺」(ぼだいじ)とは、
先祖代々の墓をおき、葬式や法事を行う寺。檀那寺。




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2009年09月06日

ひねる

「ひねる」には、物・手足などを“ねじる”意味と、
“深く考える”という意味があります。
・蛇口をひねる
・手首をひねる
・アイデアをひねる
・俳句をひねる
・ひねった問題
漢字は「捻」「拈」「撚」の字が当てられています。

「捻」
ひねる。ねじる。つまむ。
捻挫・捻出

「拈」は「捻」とほぼ同じ

「撚」
ひねる。よりをかける。
撚糸


「ひねる」には「陳ねる」というのもあります。

「陳ねる」(ひねる)
1、年を経る。古くなる。
2、子供が、年齢より大人びている。
・ひねた大根
・ひねた子供

「陳ねる」は「ひね」の動詞化したものです。

「陳」(ひね)
1、古くなること。
2、古くなった穀物や野菜。
特に、一年以上前にとれた穀物。
3、老熟していること。ませていること。
4、おくての稲。晩稲。

「ひねる」「ひね」を変換しても「陳」という字は出ません。
漢和辞典でも「ひね」と読むことは記されていませんでした。
でも、確かに「陳」には“古い”という意味がありました。
「陳」 チン
1、つらねる 陳列・開陳
2、のべる 陳情・陳述
3、ふるい 陳腐・新陳代謝

「ひねくれる」となると、漢字は「捻」のみ、
「捻くれる」です。
1、まがる。ゆがむ。
2、性質が素直でなくねじけている。

そして、
“古くさくなる”という意味の
「陳くれる」(ひねくれる)なる言葉もありました。

「ひねる」も「ひねくれる」もほとんどひからがな表記ですから、漢字に直すと別の言葉のようです。




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2009年09月05日

「通常通り」は正しいか?!

先日 文章を入力中に、ふとこれって重ね語?って疑問が湧きました。

「通常」と「通り」で分解してみると、

「通常」
特別でなく、普通の状態であること。
(副詞的にも用いる)

「通り」
(上に修飾句を伴って)それと同じ状態・方法であること。
そのままであること。
・指示された通りに動く

重複しているようにも思えます。
検索してみると、私のような疑問を持った人がいて、Q&Aがありました。

* *
「通常」で一つの副詞か名詞で、特に「通」という漢字の表すことを意識していないと思う。
「通常」で「いつもそうであるさま」、
「通り」で「〜と同じように」という感じ。
これらを合わせたものが「通常通り」だと思う。
「通常通り」=as usual と頭の中で結びつけてしまっているせいか、あまり違和感を覚えない。
* *
「いつもどおり」が使われることと、
この「いつも」という言葉の最もよく使われる言い換えが「通常」であることから、「通常通り」が出てきたのだと思います。
重ねない表現としては、
・本日、平常通り営業します
・本日は通常の営業です
* *

Webで見ても「通常通り」は、 かなり浸透しているようですが、いったん気にしてしまうと使うのがためらわれます。

「通」のつく言葉で目にとまったのは、

「通り一遍」(とおりいっぺん)
うわべだけで心のこもっていないこと。
通り掛かりに立ち寄っただけで、平素からの馴染でないということから、
形式・表面だけで実意のこもらないことを指すようになりました。
・通り一遍のあいさつ
・通り一遍の質問に通り一遍の回答

「通人」(つうじん)
1、ある物事に精通している人。物知り。
2、世態・人情に通じている人。
3、花柳界の事情に通じている人。通。粋人。
・事情通
・歌舞伎の通だ
・通なはからい




posted by 空凛 at 23:00| Comment(3) | TrackBack(0) | 言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする