2010年04月25日

掩巻(えんかん)

書物を少し読んだら、いったんそれを伏せてその内実を味わうようにするという学習法。

江戸の私塾の読書法に「掩巻」と「慎独」というのがあったそうです。
「慎独」とは、読んだ内容を必ず他人に提供せよというもの。

掩巻のことを知らなくても、本に入り込んだ時など、途中で文字から目をはなし、追想することはありますね。

ところで、
「慎独」(しんどく)の意味は、
自分一人のときでも、行いを慎み雑念の起こらないようにすること。

「速読術」がよく知られているのとは反対に「掩巻」は変換もできず、辞書にも載っていませんでした。

「掩巻」をどこから拾ってきたかというと、
先日のTV東京「ワールドビジネスサテライト」という番組で、書評家・松岡正剛氏が語られた中に出てきた語でした。
その時はパソコンに向かっていて、背中でTVを聞いていて、思わずノートの端っこにメモしたものでした。
今日そのメモの漢字を見たのですが、TVのことはすっかり忘れていて、検索をして内容をたぐっているうちに思い出しました。

「掩」
エン・おお-う
1、おおう
2、かばう

「おおう」には、
「覆う」「被う」「蔽う」「蓋う」「掩う」
と5つの漢字があったんですね。

「掩」にはいくつかの熟語がありますが、ほとんど目にしないものばかりです。

「掩蓋」(えんがい)
1、物の上にかぶせるおおい。
2、敵弾を防ぐために塹壕の上に設ける木材・石材などのおおい。

「掩蔽」(えんぺい)
1、おおい隠すこと。
2、地球と恒星・惑星の間に月が入り、その恒星や惑星を遮り隠す現象。

「掩護」(えんご)
1、困っている人を助け守ること。
2、敵の攻撃から守ること。→援護

「掩耳盗鐘」(えんじとうしょう)
耳を掩(おお)いて鐘を盗む
鐘を盗もうとして、鐘の音の鳴り響くことを恐れ自分の耳をふさいでも何の意味もないという意から。
浅はかな考えで自分の良心を欺き、その場逃れをしても、いずれ悪事は知れ渡ってしまうこと。
また、自分を欺いて悪事をはたらくことのたとえ。
同じような意味に、
「掩耳盗鈴」(えんじとうりん)
「掩目捕雀」(えんもくほじゃく)

ちなみに、奄美大島でよく目にする
「奄」は
エン・おお-う
1、おおう
2、にわかに。たちまち
3、気がふさがって通じない。

「奄」も「気息奄々」(きそくえんえん)くらいしか使われていないようです。
息が絶え絶えになって、今にも死にそうなさま。




posted by 空凛 at 22:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月18日

「分掌」(ぶんしょう)

仕事・事務を手分けして受け持つこと。分担。

私は「分掌」という字に馴染みがありませんでしたが、
・職務分掌規程*
・業務分掌規定**
・職務分掌表
・公務分掌
・事務分掌
企業や公的機関・学校などで使われていました。

ところで「規程」も「規定」も“きまり”という意味を持ちますが、
違いは、
*「規程」は、官公庁・会社の執務規則
**「規定」は、法令の条文として定めること

「掌」の読みは、
ショウ・たなごころ・てのひら・つかさど-る

「手の平/掌」(てのひら)には、他の言い方もあります。
・たなごころ(手の中心の意)
・たなうら(手の裏の意)
・たなうち
・たなぞこ(手底)
「手のひら」と言った時、指は含まれず、
手首から指の付け根までの、手を握ったときに内側になる面を指します。

外側は「手の甲」ですが、こちらはこの言い方のみのようです。

手を握ると「拳」(こぶし)になり、
握りこぶし・拳固(げんこ)・拳骨(げんこつ)とも言います。
語源を見てみると、
元々は「こぶし」のことを「拳子(けんこ)」と呼び、
そこから「固く握りしめたこぶし」の意味で「拳固」と表され、
次第に「げんこ」との発音に転じたとのこと。
それから拳固を使って殴ることを「拳固殴ち」(げんこうち)と指すようになり、それが訛って「げんこつ」に。「拳骨」は当て字。

「掌」に関した語を拾ってみました。

「落掌」(らくしょう)
手紙・品物などを受け取ること。手に入れること。「落手」

「掌上に運らす」(しょうじょうにめぐらす)
てのひらの上で自由に操る。意のままに行う。

「掌中の珠」(しょうちゅうのたま)
手の中の珠。また、大事なものや最愛の子のたとえ。

「掌を反す」(たなごころをかえす)
1、物事がきわめてたやすくできるたとえ。
2、急に態度が変わるたとえ。
「手の平を返す」 「手の裏を返す」

余談ですが、
手の親指を伸ばして反らした時、親指の付け根に出来る三角形の窪みを「解剖学的嗅ぎタバコ窩」というWikipediaの記述を見つけました。
「嗅ぎタバコ窩」なんていう、妙な名前が目を引きました。
Webで説明を探しましたら、
* *
親指を伸展した時にできる長拇指伸筋腱(後方)と長拇指外転筋腱と短拇指伸筋腱(前方)の間のくぼみのこと。
ここを橈骨動脈が通り、その底には大菱形骨と舟状骨がある。
「嗅ぎタバコ」とは、粉末にしたタバコの葉を鼻孔から直接吸入するもの。
* *
手の甲、親指側の手首近くと言ったほうがわかるでしょうか。
その手の窪みに粉を置き、それをつまんで鼻から吸い込んだことから付いた名前のようです。
ちゃんとして学術名なんですね。びっくり。




posted by 空凛 at 21:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月11日

粛清(しゅくせい)

厳しく取り締まって、不正な者を除くこと。
特に独裁政党などにおいて、反対派を追放すること。

「粛清」という語には、ゾワリとする恐怖と凄みを感じます。
「粛む」(つつしむ)と「清める」この2文字から生まれた熟語が、いつの間にか血なまぐさい歴史をまとって、虐待・拷問・処刑・迫害・残虐・凄惨と同じイメージに染まっています。

「粛」が持つ意味は、
シュク・つつし-む
1、つつしむ
2、うやまう
3、おごそか
4、ただす
5、そこなう
6、しずか

・場内は粛として声もなかった
・粛として襟を正す
・隊列は粛々と行進した

同じ「しゅくせい」でも
「粛正」は、
おもに制度や規則などを対象として、厳しく不正を除くこと。

「綱紀粛正」(こうきしゅくせい)という四文字熟語があります。
乱れた規律や風紀を正すこと。
「綱」は太いつな、
「紀」は細いつなの意で、
国家を治める大法と細則。また、一般に規律。

「粛啓」(しゅくけい)は、
手紙のはじめに用いる敬意を表す語で、「拝啓」と同じ「つつしんで申し上げる」ということです。

「粛殺」(しゅくさつ)は、物騒な意味かと思ったら、
秋の厳しい気候が草木を枯らすこと。

「粛清」よりも「粛殺」の方が相応しいのではと思ってしまいました。

さて、
「粛む」「謹む」「慎む」の違いは、
*「粛む」
身をひきしめてつつしむ。厳粛
*「謹む」
言動に注意してかしこまる。謹呈
*「慎む」
手落ちのないように気を配る。慎重

「謹製」(きんせい)は、
心をこめ、つつしんで作ること。また、その製品。
多く、食品の製造業者が用いる、とあります。
森永ミルクキャラメルの裏側には「森永謹製」と記されているとのこと。
そういえば、「謹製」という文字を目にしたかもしれません。
意味を知ろうともせず、見過ごしたままにしていました。
今度、「謹製」を探してみます。



posted by 空凛 at 21:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月04日

「人事不省」(じんじふせい)

事故や病気などで、意識がはっきりせず、知覚を失っているさま。

・人事不省に陥る
・人事不省の重体

「人事不省」→ → →「意識不明」
この意味転換に私は悩みました。

「人事」と聞けば、会社の人事異動をすぐ思い浮かべてしまい、
「人事を省みず」ならば、
権力者の横暴な人事のことかと思ってしまいそうです。

辞書には、
「人事」はここでは、人のなしうることの意。
「不省」はわきまえない、かえりみない意。
とありましたが、
“人のなしうることをかえりみない”がどうして“意識不明”になるのか腑に落ちません。

「人事」に何か隠されているのでしょうか。

<大辞林>
「人事」
1、(自然の事柄に対して)人間に関する事柄。
2、人としてなしうる事柄。人としてすべき事柄。
・人事を尽くして天命を待つ
3、(会社や組織内での)個人の地位・職務・能力などに関する事柄。
4、人としての知覚や感覚。意識。

<デジタル大辞泉>
「人事」
1、人間社会の出来事。人世の事件。自然の事柄に対していう。
2、人間の力でできる事柄。人間が行う事柄。
3、社会・機構・組織などの中で、個人の身分・地位・能力の決定などに関する事柄。
4、俳句の季語の分類の一。天文・地理などに対し、人間に関する題材。

1・2・3までは共通ですが、4が違いますね。
大辞林は“意識”という意味をとっていますが、大辞泉はのせていません。
一方、
「省」も"かえりみる"や"はぶく"という意味の他に、
"安否をたずねる"という意味がありました。
ますます「人事不省」のことがわからなくなりました。

さて気をとりなおして、
「省」のほうに目を向けますと、
「帰省」(きせい)は、
「故郷に帰って親の安否を気遣う」という唐の漢詩が語源だそうです。
辞書には、
郷里に帰ること。また、郷里に帰って父母を見舞うこと。帰郷。
とあります。
私は“親の安否を気遣うという”意味があることは知らずに単に帰郷という意味で使っていましたが、実際はまさに親の顔をみるための里帰りでした。

“帰郷”の意味に、今では耳にしない「薮入り」という言葉があります。
江戸時代、商家に住み込みの奉公人たちは、正月と盆の年に2回だけしか休みをもらえないというのが一般的でした。
その休みを「薮入り」といいました。
他にも「宿入り」「宿さがり」「六入り」などの言い方があります。
薮入りは初めは正月だけでしたが、江戸中期からは7月にも薮入りをさせるようになり盆のものは「後の薮入り」と言いました。

薮入りの語源は、諸説あるようです。
*奉公人が親元に宿入りするから(宿は生家のこと)
*草深い田舎に帰るから
*父を養うために帰るから「養父(やぶ)入り」
*祭祀には野巫(やぶ)と呼ばれる陰陽師が欠かせないから「野巫要り」(やぶいり)
漢字からすれば、草深い田舎へ帰る「薮入り」ですけど、語源の信憑性はわかりませんね。
ところで、
「藪」(やぶ)という語は、弥生(やぶ)の意味で、
“益々生える、いよいよ生える”からきています。 




posted by 空凛 at 18:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。