2017年09月09日

「ゆすり」と「たかり」

漢字にすると「揺すり」と「集り」です。
えっ!
特に「集り」には、意表をつかれました。

「集り」(たかり)
人をおどして金品をまき上げること。

「揺すり」
1、ゆり動かすこと。
2、おどして金品を出させること。
「強請」とも書く。

元々の意味は漢字の通り“揺する”ことなのですが、
それが今や、恐喝の意味で使われていますから、
ほとんどの人は「強請」という漢字で認識していることでしょう。

「集る」(たかる)
1、一つところにあつまる。よりあつまる。群がる。
2、人に金品をせびる。

「たかる」といえば、私は真っ先にハエを思い浮かべます。
いずれにしろ「たかる」には薄汚れたイメージがあります。

今回のタイトルは 前回の「揺る」からの流れで、たまたま「揺すり」の語源を見つけたことからです。
話しは徳川家康の時代までさかのぼります。
そのくだりが知らない語だらけで、歴史に疎い私には容易に読み下せませんでした。
注釈がいくつも付くわかりずらい説明ですので、まず、あっさりとした要約を先に書きます。
+・・・ +・・・ +・・・+・・・ +・・・ +・・・+
「朝廷から遣わされた神前に捧げ物をもっていく使者が、
京都から日光に至る道中で金品を強要した」
+・・・ +・・・ +・・・+・・・ +・・・ +・・・+
徳川家康は死後、朝廷より神号「東照大権現」を下賜され、日光東照社に祀られ神となりました。
後、東照社は東照宮と改称。
毎年家康の命日の祭礼に「日光例幣使」が派遣されることになりました。

「例幣」(れいへい)
奈良・平安時代、朝廷が神にささげた幣帛(へいはく)

「幣帛」(へいはく)
神社で、神前に奉献するものの総称。
布帛 (ふはく) ・紙・玉・兵器・貨幣・器物・獣類など。

「帛」(はく)は絹布のこと。

「例幣使」(れいへいし)
朝廷から、例幣のために派遣される勅使。

この行事は明治維新前年の慶応3年(1867年)まで、221年間休むことなく続きました。
そして「ゆすり」の由来となった、不埒な行いをしたのが「例幣使」です。
一行は葵の金紋付きの黒革長持を中心に、例幣使が座乗した輿や随員が乗った駕篭が続きました。
14泊15日の旅中、とりわけ中山道から離れ日光例幣使道に入ると、例幣使の一行は朝廷の威光をかさにきて、
ひどい行状だったようです。
乗っている駕籠をわざと揺すって進めなくしたり、自ら籠から転げ落ちたりして、街道の人々から金品を要求しました。
こういうたかり行為が200年余りも続けば「ゆすり」という語も定着しますよね。
さらに例幣使は日光から持ち帰った前年の幣帛を切り刻んで、江戸住まいの諸大名に送りつけ、金品を要求したそうです。
例幣使は浅ましいだけでなく、抜け目なさもありました。
一行は京都までの帰路は江戸を経由し、京都−江戸間の流通も請け負いました。
運搬に必要な人足や馬などは街道沿いの人たち持ち。
例幣使は毎年の派遣で、相当な金品を懐にしたと思われます。



posted by 空凛 at 09:40| Comment(0) | 言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする