2010年04月04日

「人事不省」(じんじふせい)

事故や病気などで、意識がはっきりせず、知覚を失っているさま。

・人事不省に陥る
・人事不省の重体

「人事不省」→ → →「意識不明」
この意味転換に私は悩みました。

「人事」と聞けば、会社の人事異動をすぐ思い浮かべてしまい、
「人事を省みず」ならば、
権力者の横暴な人事のことかと思ってしまいそうです。

辞書には、
「人事」はここでは、人のなしうることの意。
「不省」はわきまえない、かえりみない意。
とありましたが、
“人のなしうることをかえりみない”がどうして“意識不明”になるのか腑に落ちません。

「人事」に何か隠されているのでしょうか。

<大辞林>
「人事」
1、(自然の事柄に対して)人間に関する事柄。
2、人としてなしうる事柄。人としてすべき事柄。
・人事を尽くして天命を待つ
3、(会社や組織内での)個人の地位・職務・能力などに関する事柄。
4、人としての知覚や感覚。意識。

<デジタル大辞泉>
「人事」
1、人間社会の出来事。人世の事件。自然の事柄に対していう。
2、人間の力でできる事柄。人間が行う事柄。
3、社会・機構・組織などの中で、個人の身分・地位・能力の決定などに関する事柄。
4、俳句の季語の分類の一。天文・地理などに対し、人間に関する題材。

1・2・3までは共通ですが、4が違いますね。
大辞林は“意識”という意味をとっていますが、大辞泉はのせていません。
一方、
「省」も"かえりみる"や"はぶく"という意味の他に、
"安否をたずねる"という意味がありました。
ますます「人事不省」のことがわからなくなりました。

さて気をとりなおして、
「省」のほうに目を向けますと、
「帰省」(きせい)は、
「故郷に帰って親の安否を気遣う」という唐の漢詩が語源だそうです。
辞書には、
郷里に帰ること。また、郷里に帰って父母を見舞うこと。帰郷。
とあります。
私は“親の安否を気遣うという”意味があることは知らずに単に帰郷という意味で使っていましたが、実際はまさに親の顔をみるための里帰りでした。

“帰郷”の意味に、今では耳にしない「薮入り」という言葉があります。
江戸時代、商家に住み込みの奉公人たちは、正月と盆の年に2回だけしか休みをもらえないというのが一般的でした。
その休みを「薮入り」といいました。
他にも「宿入り」「宿さがり」「六入り」などの言い方があります。
薮入りは初めは正月だけでしたが、江戸中期からは7月にも薮入りをさせるようになり盆のものは「後の薮入り」と言いました。

薮入りの語源は、諸説あるようです。
*奉公人が親元に宿入りするから(宿は生家のこと)
*草深い田舎に帰るから
*父を養うために帰るから「養父(やぶ)入り」
*祭祀には野巫(やぶ)と呼ばれる陰陽師が欠かせないから「野巫要り」(やぶいり)
漢字からすれば、草深い田舎へ帰る「薮入り」ですけど、語源の信憑性はわかりませんね。
ところで、
「藪」(やぶ)という語は、弥生(やぶ)の意味で、
“益々生える、いよいよ生える”からきています。 




posted by 空凛 at 18:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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