2017年11月30日

反射代名詞(はんしゃだいめいし)

一人称・二人称・三人称の別に関係なく実体そのものをさす。
「反照代名詞」「反射指示代名詞」「再帰代名詞」ともいいます。

ながく言葉を取り上げてきましたが、
「反射代名詞」に行き当たりませんでした。
文法が苦手で、その方面を避けてきたからかもしれません。
そんな私ですから、説明を読んでもピンときませんでした。

反射代名詞をあげると、
自分・自己・己(おのれ)・みずから・・

英語における再帰代名詞は myself・yourself・himself・・ など。
再帰代名詞は同じ節の中に主語を先行詞として持ちます。
英語の再帰代名詞 myself・yourself を訳す時、
“わたし自身” “あなた自身” などの語が作られました。
元々 日本で「反射(反照)代名詞」と呼ばれていたものに、
ヨーロッパ語が入って「再帰代名詞」という名称が加わった。
という経緯のようです。

反射代名詞の例文
・やっと強い私という殻を破り、弱い自分を見せることができた。
・君が自分でやりなさい。
・彼は自分を傷つけた。

「自分」は和製漢語。
自分の「分」は、本来備わっている性質を意味する「本分」の「分」で、
「自らの分」=自らの力量をさす語でしたが、
古くから “私自身” を意味する語としても用いられました。
「自分」は そもそも再帰代名詞ですが、
現在では、一人称の「自分」や二人称の「自分」もあります。
一人称の「自分」は、
軍隊で、自分のことを “私” “僕” とは言わず、
「自分」というように統一されたことからきています。
二人称の「自分」は関西発祥です。
関西芸人たちの「i自分」「you自分」の入り混じったおしゃべりが笑えます。

「己」(おのれ)も反射代名詞ながら、二人称としても使われます。
二人称としての「おのれ」はケンカ腰の時。
さらに荒っぽく変化したものが「おどれ」や「おんどれ」。
古語では、自分を卑下する一人称の「おのれ」もありました。
また、悔しさ・怒りを表わす感動詞としての「おのれ〜」まで。
おもしろい広がりです。

最後に「己」のつく四文字熟語を紹介します。

「已己巳己」(いこみき)
互いに似ているもののたとえ。

四文字熟語の本でパッと目に飛び込んできました。
古代文字のような、暗号のような、インパクトある熟語です。
「已」訓読みは「すでに」「のみ」、音読みは「イ」
「己」訓読みは「おのれ」、音読みは「コ」「キ」
「巳」訓読みは「み」、音読みは「シ」、12支の6番目へびです。
覚え歌もあります。
-----------------------------------------------------
「み」はうえに、「すでに」「やむ」「のみ」中ほどに、
「おのれ」「つちのと」下につくなり。
-----------------------------------------------------
4文字並んでいますが、漢字は3文字というのも、
ひっかけ的なユーモアを感じます。




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2017年11月29日

大和言葉

図書館の棚を眺めても、大和言葉に関する本は少なくない印象があります。

「一目置かれる大和言葉の言いまわし」 山岸弘子
「日々の会話が華やぐ大和言」 山下景子
「さりげなく思いやりが伝わる大和言葉
常識として知っておきたい美しい日本語」 上野誠
「大和言葉の便利帳」

そして今回 紹介する大和言葉は、 
高橋こうじ著「日本の大和言葉を美しく話す」からです。

■ ほんのお口汚しですが
「口汚し」とは、
食物が少量なため口を汚す程度で満腹しないこと。
“わずかな量です” と謙遜する言い方。

■ ○○様には御清祥のこととお慶び申し上げます。
手紙の形式として、
○○「様は」ではなく「様には」とします。
文法的にはおかしいのですが、
尊敬する人の名を主語として直接的に語ることを失礼ととらえる日本文化が生んだ習慣です。

■「月影」(つきかげ)
月の放つ光、あるいは光を放つ月そのもの。
大和言葉の「影」には「光」という意味もあり、
「星影」は星の光のこと。
光を影で表現するなんて、なんて繊細な感性。

「影」
1、ひかり。
2、かげ。物が光に照らされできる、暗くなっている部分。
3、すがた。かたち。また、水面や鏡に映った形。
4、うつしとる。


■「きざはし」 階段のこと。
きざ=刻、はし=橋

■「かわひらこ」 蝶のこと。
“河原でひらひら飛ぶ” というところから。
今風な省略形ネーミングでした。

■「和毛」(にこげ)
「にこにこ」「にこやな」の「にこ」。
「にこ」は、柔らかで穏やかな様子。

■ 「天地」(あめつち)
1、大空と大地。
2、天の神と地の神。
昔の人にとっては空と地面が全宇宙でした。
畏敬の念をもって眺め崇めたことでしょう。
「あめつち」は言霊(ことだま)と共に、
日本人の遠い記憶をよびさますような、心に響くものを感じます。


読者様から質問がありました。
●日本語の「かわいい」と中国語の「可愛」の関係は?

大和言葉の「かわいい」に
元々、中国にあった “かわいい” 意の「可愛」を当てたものだと思われます。
「可愛い」は当て字。

「かわいい」は「顔映し」から転じたもの。
▼「かわいい」の変遷
かほはゆし (顔映し)
↓ かははゆし --- 音変化
↓ かはゆし ---- 短縮
↓ かわゆい ---- 口語
↓ かわいい




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2017年11月28日

捨象(しゃしょう)

(デジタル大辞)
事物または表象からある要素・側面・性質を抽象するとき、
他の要素・側面・性質を度外視すること。

「捨象」という語を全く知らなかった私は、
この説明に? ? ?
もっとわかりやすい説明はないものか。

(goo辞書)
概念を抽象する際に、
抽出された諸表象以外の表象を考察の対象から切り捨てること。

(漢和辞書)
多くのものの中で、
共通するところを抜き出して一つの考えをまとめる時、
共通していないものは捨てさること。

Webによりわかりやすい説明がありました。

「抽象化」とは、
思考における手法のひとつで、
対象から注目すべき要素を重点的に抜き出して他は無視する方法。
抽象化において無視することについては「捨象」するという。
「捨象」は、
事物を抽象化するために本質的では無い要素を捨て去ること。
「捨象」と「抽象化」は表裏一体の関係にある。

「抽象」とは、
ある事物の全体から特徴だけを抜き出し把握すること。
「抽象化」とは、それを一般化すること。

さらに、こんなWebの記述に行き当たりました。
“「抽象化」は「帰納」という操作の一種でしかない”

「帰納」とは、
個別的・特殊的な事例から
一般的・普遍的な規則・法則を見出そうとする
論理的推論の方法のこと。

「抽象」の対義語は「具象/具体」
「抽象的」の対義語は「具体的」
「抽象化」の対義語は「具体化」
「帰納」の対義語は「演繹」

ちなみに、英語では「抽象」と「捨象」を区別せず、
どちらも「abstruction」です。

最後に、
「捨」と「象」に思わぬ意味が隠れていないか確認します。

「捨」 シャ・す-てる
1、すてる
2、ほどこす --- 喜捨

「象」 ショウ・ゾウ
動物のゾウの形にかたどった象形文字。
1、ゾウ
2、物の形
3、物の形をかたどる




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2017年11月27日

馴致(じゅんち)

1、なれさせること。なじませること。
2、次第にある状態になるようにしむけること。

ブリタニカ辞典の解説には、
人間が動植物を飼育栽培し、繁殖させることをいう。
とありました。

Webにもほとんどが動物の飼育や繁殖に関するものばかりです。
競馬の世界では、
馬具を装着するところから馴らしていく「馴致調教」が行われます。
ハミ馴致 → 調馬索馴致 → 腹帯馴致 → 装鞍馴致 → 騎乗馴致
というような流れだそうです。
他には、
牛の放牧馴致、豚の馴致、魚養殖での海水馴致・塩分馴致水槽、子犬の馴致などの記述が見られました。

動物に関連しない「馴致」の使用例も紹介しておきます。
・心を観じて悲しみを得、悲しみを馴致して思想の一組織を得た(小林秀雄)
・千年万年の間に馴致された習慣を私一代で解脱する事ができないので・・・(漱石)
・急に殺到してくる<社会>にたいして馴致しようとしてもがき・・(吉本隆明)

「馴致」はこのような使い方もできるわけですが、
これから使うことがあるかどうか・・・・。

「馴」
ジュン・なれる・ならす

「なれる」には「慣れる」と「馴れる」がありますが、
「慣れる」は 物や経験など。
「馴れる」は 動物がなつく。人になじむ。
「馴れ合い」「馴れ初め」は「馴」です。

「磯馴松」(そなれまつ)という語も拾いました。
「磯馴れ」(そなれ)とは、
潮風のために、木の枝や幹が地面にはうように生えていること。

「馴」の付く熟語は私には見慣れないものばかりです。

「馴化/順化」(じゅんか)
1、生物が高地移動・季節変化などの環境の変化に
数日から数週間かけて適応していくこと。
2、野生の動物を人間の生活に役立てるために馴らすこと。

「馴養」(じゅんよう)
動物を飼いならして育てること。

Webには微生物・細菌などに関して多く使われていました。
・メタン菌の馴養
・活性汚泥馴養
・酵母の馴養
・乳酸馴養
・馴養堆肥

「活性汚泥」とは、
下水や廃水中に生じる細菌などの微生物からなる汚泥。
通常の汚泥との違いは有機物質や無機物質を摂取して分解する能力をもつこと。
下水や工場排水などの処理に活性汚泥法が使われています。

「雅馴」(がじゅん)
文章や態度に品があって洗練されていること。

「がじゅん」って、音が濁っていて洗練のイメージから遠い響きです。
この語も明治の文豪が使って以後、消えつつあります。




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2017年11月26日

「最近」と「近頃」と「このごろ」

以前、
<先日ってどのくらい前?>というタイトルで、
「先日」を取り上げました。
先日に具体的な決まりはなく、
人によって数日から1年まで、
かなり幅があることがわかりました。

「最近」も人によってだいぶ開きがありそうです。
こうした語は曖昧なところに意味があると思うので、
どのくらいと、こだわものではないでしょうが、
「最近」「近頃」「このごろ」の違いは気になります。
辞書の意味を比べても、違いがわかりませんが、
時間の幅が違うようです。
時間の幅が長い順に、
最近 > 近頃 > このごろ

「最近」(さいきん)
現在より少し前のある時。少し前から現在までの間。

「近頃」(ちかごろ)
このごろ。最近。近来。

「このごろ」(此の頃)
1、少し前の時から現在にかけての期間。近頃。最近。
2、ちかいうち。近日。
3、今のこの時期。今時分。

<使い分け>
「近ごろ」「このごろ」は、
状態・継続・反復される動作について用いられ、
一回限りの事象、瞬間的現象には使えませんが、
「最近」は、これらすべてに使うことができます。

「最近就職したばかりだ」のように、
現在に近い過去のある特定の時点をさす場合、
「このごろ」や「近ごろ」が使われることはめったにありません。


「きょうび」という言い方はしませんか?

「きょうび」
今日このごろ。今どき。

漢字にすると「今日日」。
「今日」を強調するために「日」を付けたものですが、
ダブった「日」が、入力ミスに見えます。
・今日日珍しい美談だ

大阪弁・京都弁・甲州弁としても載っていましたが、
普通に通じますよね。


“この間” “先日” という言い方も複数あります。
「先だって」「先般」「過日」「過般」

「先達て」(せんだって) 名詞
さきごろ。先日。
・先だってはお招きいただき、ありがとうございました。

紛らわしいことに、goo辞書にはこう載っています。
「先達て/先立って」(さきだって) 副詞
「さきだちて」の音変化
1、さきごろ。先日。
2、前もって。あらかじめ。
・イベントに先立って説明会を開催したいと思います。

「先達て」を「さきだって」と読むのかと思いました。
Webには、「さきだって」と読むと説明している記事もありました。
混乱しましたが、
「先達て」「先立って」と漢字を書き分けてあればわかりますね。
「せんだって」(先達て)は
過去のことを取り上げていうときに使い、
「さきだって」(先立って)は、
何かを他より先にすること。




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2017年11月25日

誤りの多い日本語表現

2015年 8/1の新聞で取り上げられていた誤りの多い日本語です。
私も多くを間違って覚えていました。
時々こういう特集が出ますが、
間違いに気づくいい機会になっています。

× 間が持たない
○ 間が持てない (正答率14.3%)
一部の辞書は「間が持たない」と載せています。

× 足元をすくわれる
○ 足をすくわれる (正答率14.7%)

× 声をあらげる
○ 声をあららげる (正答率24.3%)
辞書には荒らげるの誤用として「荒げる」も出ています。
NHKも「荒らげる」「荒げる」両方とも
使っていいようになったようです。
「あららげる」って言いにくいですから、
いずれいいやすい方に変わっていくのでしょう。

× 采配を振るう
○ 采配を振る (正答率29.6%)

× 新規巻き返し
○ 新規蒔き直し (正答率29.8%)
種を蒔いたが芽が出ないので、蒔き直すこと。

× 目鼻が利く
○ 目端が利く (正答率41.3%)

× 上意げたつ
○ 上意かたつ (正答率29.2%)
「上意下達」(じょういかたつ)
上位の者や上層部の命令・意向を、下に伝えること。

× すどく
○ そどく (正答率46.4%)
「素読」(そどく)

× だいがえ案
○ だいたい案 (正答率67%)
「代替わり」(だいがわり)
「代替」(だいたい)
一部の会社や業界では「だいがえ」が主流になっているようです。

× ねんぼう
○ ねんぽう (正答率74.1%)
「年俸」(ねんぽう)
「棒」ではありません。

× しかめつらしい
○ しかつめらしい (正答率31%)
「顰め面」(しかめつら)とは違います。

「しかつめらしい」という語を知りませんでした。
「鹿爪らしい」という漢字表記になっていますが、
「鹿爪」は当て字で、鹿の爪とは何の関係もありません。
意味は、
まじめくさっていて堅苦しい。

しか-ありつべく-あるらし

しかつべうあらし

しかつべらし

しかつめらし
という変化のようです。
古語を直訳すると
“そのようにあるべきであるやうにあるようだ”
とてもまどろこしい言い方です。

ここで「まどろこしい」が方言のような気がして
辞書を引きましたら、
いろんは言い方があるのでした。
・まだるい
・まだるこい
・まだるっこい
・まどろこい
・まどろこしい
・まどろっこしい

「間怠い」(まだるい)
まのびしたり手際が悪かったりしてじれったい。




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2017年11月24日

擡頭(たいとう)

「蒼穹の昴」の書評を読んでいて、
「擡頭」と「徹底」が目に留まりました。
科挙の答案の書き方、書式の1つのとして出ていました。
↓ページ下の方、囲みの中です。
http://d.hatena.ne.jp/pyon3/20050906

擡頭」(たいとう)とは、
敬意を表すべき語で改行すると同時に、
他の行よりも1〜2字ほど高いところから書き出す方法。

擡頭の他にも
「闕字」(けつじ)、
「平出」(へいしゆつ)という記述形式があり、
古代・中世・近世を通じて公私の文書・記録類に使用されました。

徹底」とは、
擡頭の敬語がちょうど次の行頭にくるように、
その前行をぎっしりと最後まで埋めること。

中国ではそんな意味があったのですね。
それにしても、そんな形式ばったところに無駄に神経を使って、
肝腎の内容に集中できたのでしょうか。

「擡」とは “持ち上げる” 意。

常用漢字「台」の旧字が「臺」で、
“ 土 + 高 + 至 ”という成り立ちです。

「臺/台」の意味の1つに
貴人また相手の物や動作に冠して敬意を表す語。
というのがありました。
そんなこと知りませんでしたが、以下のような熟語がありました。
・台駕(たいが)----- 乗り物
・台覧(たいらん)--- 見ること
・台書(たいしょ)--- 手紙
・台聴(たいちょう)・台聞(たいぶん)--- 聞くこと
・台命(たいめい)--- 命令
・台臨(たいりん)--- 出席すること

「台覧試合」とは、
皇族が直接観戦している武道やスポーツ競技の試合。

台頭/擡頭」(たいとう)
1、頭をもたげること。勢いを増してくること。
2、上奏文などで、貴人の名やそれに関する語の出てくるとき、
敬意を表して改行し、一段高く書くこと。

「台」を調べていて、「台詞」の由来を拾いました。
セリフは外来語かなと思いましたが、
競り言う(せりいう)から来ているとされていて、
江戸時代から見られるそうです。
漢字の「台詞」は舞台詞(ぶたいことば)の略。
セリフにはもう一つ「科白」がありますが、
これは中国語からの借用です。
中国語では「科」は劇中の俳優のしぐさ、
「白」は言葉を指しています。
「台詞」も「科白」も熟字訓の当て字なのでした。

熟字訓」(じゅくじくん)
日本語において漢字の単字単位ではなく
熟字単位で訓読みを当てたもの。
昨日(きのう)・今日(きょう)・大人(おとな)・
梅雨(つゆ)・五月雨(さみだれ)・
小豆(あずき)・紅葉(もみじ)など。

捨て台詞」(すてぜりふ)は、
歌舞伎から来た語で、
役者がその場の雰囲気に応じて即興的に言う
台本にない短い台詞のことでした。




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2017年11月23日

「ほぼほぼ」と「むりくり」

「ほぼほぼ」と「むりくり」は私の周りではよく耳にします。
きちんとした場では使えないような気がするんですが、
どの程度許容されているのでしょう。

ほぼほぼ」は「ほぼ」を繰り返して強めた言い方です。

ほぼ」(副詞)
だいたい。あらかた。
漢字は「粗」「略」

漢字だとちょっと印象が変わりますね。
ということで「ほぼほぼ」は、
本来なら強調されて確率が高まっている意になりますが、
実際の用法をみると、そうでない場合もあるようです。
50%程度をうやむやにしたいときに使っている向きも見られます。
人それぞれの物差しでどうとでも言え、どうとでも受け取れますから、
なあなあで済ます時には便利に使えてしまいます。

「大体」(だいたい)は、大まかに見積もる場合。
九分九厘 > ほぼ > 大体
という進捗度になります。

むりくり
無理やり。
元々は北海道から青森にかけての方言だそうです。
方言が広まったものか、別の何かから生まれたのかは不明です。
方言には「むりしゃり」「しゃりむり」などもあります。

「むりくり」って、語感がかわいいですよね。
女子が似合いそうな語ですが、男子も使っています。
私は使いませんが。

佐里無理(しゃりむり)の音変化したものが、
遮二無二」(しゃにむに)で、漢字は当て字です。
むりやり。是が非でも。
「佐里」(しゃり)の語源は不明。

関西人は2回繰り返す語をよく使うとありました。
すぐ思い浮かんだのが「ちゃうちゃう」
京都では、
・アツアツなる
・チコチコ寄った
・キツキツ腫れた
といった形容詞を二度繰り返す言い方をするそうです。
その理由に、
関西は商業都市だったため、相手の心理を気にする文化が育まれた。
相手に気を遣うあまり再確認されなくて済むように
二度繰り返す言い方が根付いたのではないか。
という説明がありました。
ちょっと幼児語っぽい感じもありますね。





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2017年11月22日

とことん

最後の最後。
副詞的に用いて、徹底的に。最後まで。

日本舞踊の足拍子「トコトントコトン」を意味し、
転じて踊りの意味に。
「トコトン」は “床トン” という擬音が語源とされています。
近世には民謡などの囃子詞(はやしことば)として用いられました。
現代の意味 “最後まで” は、
明治初年の軍歌「とことんやれ節」に由来。
「とことんやれとんやれな」という囃子詞が添えられていて、
明治時代に大流行しました。

「囃子詞は」は、どっこいしょ・あーそーれ・えいさーなど、
民謡などで唄の調子を合わせるために入れられる合いの手。

お囃子」(おはやし)
「囃す」は「栄やす/映やす」と同語源で、
映えるようにする、ひきたてるという意味の「はやす」から来ています。
手を打ったり、声を出したりして歌舞の調子をとること。

元々は宮廷行事での笛・太鼓などの楽器によるものでしたが、
庶民が真似るようになると、
高価な楽器を揃えることはできないため、
口で合いの手を入れるようになりました。
囃子詞はたいてい意味のない掛け声に聞こえますが、
中には意味のあるものもあり、
地方の方言が元になっていることが多いそうです。
ただ、倒語(とうご)になっていたりして、
わかりずらくなっています。

倒語」(とうご)
語の音節の順序を逆にしてつくられる語。
隠語で使用されることが多い。
逆さ読みともいう。
種--ネタ、宿--ドヤ、場所--ショバ
うまい--マイウ、サングラス--グラサン

倒語を見ていたら、「デカ」の語源がありました。
明治時代、刑事は制服を着ずに角袖の着物を着ていました。
そのため犯罪者たちが刑事を「角袖巡査」や「かくそで」と呼びました。
「かくそで」の倒語である「そでかく」が
やがて「でか」になり、広まりました。

囃す」(はやす)
声をそろえてあざけったり、ほめそやしたりする。
あざけりとほめる両極含まれてますね。

嘲る」(あざける)
1、ばかにして悪く言ったり笑ったりする。
2、風月に心ひかれて声を上げて詩歌を吟じる。

「嘲る」も “歌” に関係していました。

「もてはやす」と「ほめそやす」の違いが気になりました。

もてはやす
1、口々に話題にしてさわぐ。ほめそやす。
2、美しく見せる。引き立たせる。
3、大切に取り扱う。厚遇する。

ほめそやす
しきりにほめる。ほめちぎる。

そやす
1、おだてあげる。そそのかす。
2、はやしたてる。ひやかす。

こうして語を分解してみると、
「もてはやす」も「ほめそやす」も
上っ面だけ持ち上げている感じが浮かび上がってきました。





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2017年11月21日

折伏(しゃくぶく)

1、仏語。悪人・悪法を打ち砕き、迷いを覚まさせること。
2、転じて、執拗に説得して相手を自分の意見・方針に従わせること。

鎌倉時代、仏教界には互いに矛盾する多くの教えがありました。
日蓮は仏の真の教えを求めて比叡山で修業を積み、
法華経が真の教えであるという結論に達しました。
そこから日蓮は各地で辻説法を行い、折伏に奮闘したのでした。
1253年 日蓮が法華経を開く。南無妙法蓮華経。

「折伏」は衆生を仏法に導く手段で、
「折伏」と対をなす手段に「摂受」があります。

「摂受」(しょうじゅ)
心を寛大にして相手を否定せず受け入れ、穏やかに説得すること。

北風と太陽のような対比ですね。
折伏が広く知られるようになったのは、
1951年 創価学会で「折伏大行進」が宣言され、
大規模な勧誘運動が展開されたことによります。

それにしても仏教用語は読みが難しい。
「衆生」も「しゅじょう」と読みます。
「教化」は「きょうけ/きょうげ」で、
人々を教え導いて仏道に入らせること。

「宗旨」(しゅうし)
ある宗教の教えの中心教義。

最初「折伏」を「せっぷく」と読んだのですが、
「せっぷく」には、
「切腹」以外に「折伏」「説伏」という語がありました。

「説伏/説服」(せっぷく)
相手をときふせて従わせること。説得。

「折伏/折服」(せっぷく)
相手を打ち負かして、自分に従わせること。

「折」で「シャク」と読む熟語は「折伏」だけのようです。

「伏」と「服」が置き換えられる語には、
圧伏 / 圧服
帰服 / 帰伏 (支配下に入ること。服従。)
屈伏 / 屈服
降伏 / 降服
承服 / 承伏





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2017年11月20日

「その折」と「その節」の違い

その折
その時。その節。

その節
その時。その折。

辞書の意味では同じですね。
でも私たちはなんとなく使い分けています。
使い分けの根拠はと問われると答えられないんですが、
思うに一まとめの表現として覚えているように思います。

・寒さ厳しき折
・参拝の折に
・折を見て伺います
・折に触れて思い出す
・折良く / 折悪しく
・お近くにお越しの折 / 節 / 際は
・その節 / 折はお世話になりました
・ご多忙の折 / 節
・お手隙の折 / 際 / 時に

Webには以下のような説明がありました。
* *
」は紙を折った部分から面が変わり、
」は “ふし” であり、物事の区切りとなるところから、
両方とも物事の変化する時期・基点を指しています。
転じて何かの事象が起きた時点を指すようになりました。

時間を指し示す表現として、季節や時節を言う場合と、
ある一時点や何らかの機会を言う場合の2通りの使い方があります。
* *

「折」「節」の改まった言い方に「砌」(みぎり)があります。
「砌」は雨滴の落ちる寸前の「水限」(みぎり)から来ています。
やがて、雨垂れを受けるために軒下に並べた敷き石や石畳のことを「みぎり」と言うようになり、
転じて、庭や境界という意味でも使われるようになりました。


1、とき。ころ。おり。
2、敷石や石畳。
3、庭。
4、場面。
5、水ぎわ

時候の挨拶文は「砌」「節」「折」「候」どれも使えます。
・向春の砌 / 節 / 折 / 候
・陽春の砌 / 節 / 折 / 候
・炎暑の砌 / 節 / 折 / 候
・新涼の砌 / 節 / 折 / 候
・初霜の砌 / 節 / 折 / 候
・厳寒の砌 / 節 / 折 / 候

」(こう)
季節。時候。

ちなみに、
時候の挨拶は「二十四節気」に基づいた季節になっています。
「新涼」は “秋の初めの涼しさ”
使う時期としては、お盆過ぎから9月上旬あたり。





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2017年11月19日

産土(うぶすな)

1、その人が生まれた土地。
2、産土神(うぶすながみ)の略。

「産土神」は生まれた土地の守り神。

お宮参りは、赤ちゃんが無事生後1カ月を迎えたことを
産土神に報告と感謝をして、健やかな成長を願う儀式です。

私は「うぶすな」を知らなくて、
消えつつある語かと思いましたが、
神社へのお参りを欠かさないような方には
身近な語なのかもしれません。

現在では、もっぱら「故郷」が使われています。
故郷には「こきょう」と「ふるさと」2つの読みがありますが、
「ふるさと」のほうがより温かみを感じます。
「ふるさと」という時、
ウルウルした思いがにじんでいる気がします。
ふるさと --- 精神的なよろどころ
こきょう --- 物理的な場所
こんな違いでしょうか。

ふるさと(古里/故里/故郷)
自分の生まれ育った土地。故郷。郷里。


「こころばえ」という語は失われつつあるかもしれません。
・彼女は心ばえのよい方です。

「心延え」(こころばえ)
1、気立て。
2、思いやりの心
3、おもむき

「映え」ではなく、「延え」です。
平安時代から使われている言葉で、
心が外に延びる意。
心の内面が押し出されるようにして外に現れた様子。

古語辞典を開いてみました。
「心ばへ」
1、気立て。
2、心づかい。配慮。
3、風情。趣。
人の心についてだけでなく、自然や物についても用いられる。

「心ばせ」という語もあります。
こちらは人の心のみに使われます。

「心馳せ」(こころばせ)
1、気遣い。
2、気立て。

古語には、こんなホンワリとした言葉がありました。

「心寄す」(こころよす)
特に思いをかける。ひいきする。

「心幼し」(こころをさなし)
幼稚だ。子供っぽい。思慮が浅い。

「心弛び」(こころゆるび)
気持ちがゆるむこと。心がくつろぐこと。油断。


最後に、
これ読めますか?
「続飯」「束子」
少し前の時代に活躍したモノです。



「続飯」(そくい)
「そくいい」の音変化。
飯粒を練りつぶして作ったのり。そっくい。


「束子」(たわし)
なるほど。うまい漢字を当てたものです。
いまでもタワシは売られていますが、
ほとんどスポンジに代わっています。




posted by 空凛 at 08:33| Comment(0) | 言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月18日

「起きる」と「起こる」

メールマガジンの編集後記で、
「米国から集団訴訟が起こりました」という文章を書いた時に、
あれっ? 「起きる」を使うべき?
「起こる」「起きる」どちらが正しい?
頭が疲れているせいで混乱してしまったと思ったのですが、
世間でも混乱していました。

起きる(自動詞)
起こる(自動詞)
起こす(他動詞)

「起きる」の意味は、
横になっている状態から立ち上がること。目を覚ますこと。
主語は “人間か動物” です。
それに対して「起こる」は主語が “出来事”。
ところが、いつのまにか出来事に関しても
「起きる」が使われるようになっていました。
かなり昔から変化が起きていたようです。
ですから、
・地震が起きる
・偏食が原因で起きる病気
と聞いても何ら違和感を感じません。

「起こる」しか使えない場合もあります。
・サッカーブームが巻き起こる

起きる
1、横になっていたものがからだを起こす。立ち上がる。
2、眠りから覚める。
3、寝ないでいる。目をさましている。
4、何事かが発生する。起こる。

起こる
1、今までなかったものが新たに生じる。おきる。
2、自然が働きや動きを示す。おきる。
3、ある感情・欲望が生じる。
4、大ぜいの人が出てくる。大挙する。

もう一つ、
いつも変換時に悩む漢字に「かたい」があります。
」「」「
意味を確認しても、どれを使うべきが迷います。

Webをいろいろ見て、いい方法だと思ったのは、
反対語を当ててみて、その意味が反対になっているかどうかを見るもの。
「堅い」---「もろい」
「固い」---「やらかい」
「硬い」---「ゆるい」
例えば、
・信念がもろくない → 堅い信念
・表現がやわらかくない → 固い表現

文化庁の「ことばシリーズ21」には
以下の例が挙げられています。
■堅い
堅パン。口が堅い。義理堅い。底堅い。堅物。
■固い
固い地盤。固く結ぶ。固い握手。固い結束。固い友情。
■硬い
硬いボール。硬い鉛筆。硬い髪の毛。表情が硬い。硬い文章。




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2017年11月17日

心悲しい(うらがなしい)

「うら-がなしい」と読めませんでした。
「心」を「うら」と読むんですね。

心悲しい」(うらがなしい)
なんとなく悲しい。もの悲しい。

心寂しい」(うらさびしい)
なんとなく寂しい。もの寂しい。

この「心」は「裏」と同語源で、表に見えないものの意。
表に対する裏、外面に現れない内部の意。
外から見える顔が「面」(おもて)で、
見えない内面は「心」(うら)ともとれます。


1、こころ。思い。内心。
2、形容詞・動詞に付いて、心の中で、心の底からの意を表す。

「うらぶれる」も “心” です。
漢字は当てられていませんが、
心+触れる
という成り立ちです。
「うらぶれる」には貧相で憐れなイメージしかありませんが、
元の意味は、
心がものごとに触れて外に出ていってしまい、
体が抜け殻になった状態、虚ろになった状態をいいました。
そこから落ちぶれてみすぼらしい姿を言うようになりました。

うらぶれる
1、落ちぶれてみじめな状態になる。没落・零落する。
2、わびしく思う。悲しみに沈む。

羨む」の「うら」も「心」です。
“心” が “病む” からきています。

みすぼらしい
外見が貧弱である。貧しげである。
身+窄ぼらしい(すぼらしい)
「すぼらし」は「すぼる」の形容詞系
「窄ぼる」は “狭くなる” “縮む” “小さくなる” 意。
「窄」は見慣れない漢字ですが、「狭窄」(きょうさく)がありました。
ここから導かれる意味は “貧弱” だと思うのですが、
私は “貧しげ” のほうを強く感じていました。

辞書も “貧弱” は共通ですが、他の意味にばらつきが見られました。↓
◇外見が貧弱である。身なりが見苦しい。
◇外観がたいへん貧弱である。外見がきわめて粗末である。
◇外見が貧弱だ。みなりが悪い。

“身なりが悪い” “見苦しい” には、私はちょっと違和感を覚えます。





posted by 空凛 at 08:18| Comment(0) | 言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月16日

「享年」と「行年」

恥ずかしながら私は「行年」を知りませんでした。
「享年」「行年」とも “人がこの世に生きた年数” を意味します。

どういう違いなのか比較しながら見ていきます。

「享年」(きょうねん)
天から享(う)けた年数という意。
何年生きたか。従って「歳」はつけません。

「行年」(ぎょうねん)
娑婆で修行した年数。
何歳まで生きたか。従って「歳」をつけます。

実際には、享年に歳を付ける例も多く見受けられますし、違和感もありませんね。
また、享年は本来は数え年で表すものでしたが、
現代では満年齢表記が一般的になっています。
1950年 法律により、
国・地方公共団体の機関に対しては満年齢の使用を義務化。
数え年を用いる場合は明示するようになっています。

「享」キョウ・うける
原義は “神に供物をすすめる” 意。

「数え年」は、生まれた時に1歳、以後正月ごとに1歳加齢。

墓石屋さんのHPで知りましたが、
ほとんどのお墓が「行年○才」という表記になっているそうです。
というのは、
石材に彫刻した時、画数が少ないほうが文字が欠けにくいため、
「行年」「才」表記を推奨されてるそうなのです。
全く気づきませんでした。

ところで、
何気に ○才と使っていますが、
元々「才」に “とし” の意味はありません。
「歳」と発音が同じで簡単なので代用されのでした。

「才」
(名詞)サイ(古語:ザエ)
すぐれた能力。

(助数詞)
年齢を数える助数詞。歳の代用。

そういえば、「如才」も正しくは「如在」で、
「サイ」の音が同じであったため誤って「才」に置き換わった語。
「如在」の意味は “(神が)そこいいますがごとくに” です。
人は誰の目もないところでは手を抜いてしまいがち。
天の目をいつも意識しなさいという戒めの言葉です。





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