2010年01月24日

水際立つ(みずぎわだつ)

他と比べてひときわ鮮やかである。
・水際立った手腕を発揮する
・水際だった女優の演技

水際=際立った美しさ
このイメージが持てずにいたものですから、語源に何かもっと隠された意味があるのかと思いました。
結果は、文字通り水際が美しいからところからきています。
Webで見た説明には、
松島や九十九里浜などのスケール感のある景色を目に浮かべて下さいとありました。
昔は水も空気も澄んでいて、今よりもずっと海辺と陸地の境目ははっきりした線を成していて、美しい景色だったに違いありません。
水際立つとはそういう光景を指して生まれた言葉でした。

「水際」(みずぎわ)
1、水面が陸地と接している所。みぎわ。
2、物が水面に接するところ。
3、生け花で、花材が水面に接するところ。

・ウイルスを水際で食い止める
・空港でのインフルエンザ水際対策はパフォーマンス的
・水際で大規模なテロ計画を阻止
・密輸を水際で食い止める

「水際」が“境界線”という意味で使われています。
デジタル大辞泉では、
“上陸する直前”という意味を載せていました。

現在、「水際作戦」はいろんな意味で使われていますが、
元は、第二次大戦中戦った日本軍の作戦名からきているようです。
武器・人員・弾薬が底を突いた日本軍は最後の手段として、敵の防御体制が整わない上陸間際に攻撃を与える作戦をとりました。

辞書の説明は、
上陸してくる敵を水際で撃滅する作戦。
転じて、病原菌・害虫・麻薬などが国内にはいり込むのを防ぐこと。

2007年に問題になったのが、
福祉事務所の「水際作戦」。
生活保護を申請しようとする人に対し、福祉事務所の職員が申請書をすぐに渡さず、窓口での相談段階で対象者を振るい落とそうとしたものです。
生活保護問題に取り組む弁護士や福祉関係者らが批判の意を込めて付けました。




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2010年01月19日

地頭(じあたま)

大学などでの教育で与えられたのでない、その人本来の頭のよさ。
一般に知識の多寡でなく、論理的思考力やコミュニケーション能力などをいう。

「地頭」は新しい言葉で、goo辞書にはまだ載っていませんでした。
「地頭力」(じあたまりょく)という言葉が、数年前くらいに出てきて、それなりに浸透しているように思うのですが、どうでしょう。
「地頭力」とは、
知識に頼らず、思考によって解答を導き出す力。
創造的な考える力。問題解決の能力。

「地」には、“大地”“場所”“立場”“状況”などの意味がありますが、
地頭の「地」は、“本性・もちまえ”という意味で、
他に--地力・意地・意気地--の例があります。

「意気地」(いくじ)は、「いきじ」の転じたもので、
物事をやりとおす気力。他に負けまいとする意地。

普段、軽口で言う「いくじなし」は「意気地」から来ていたんですですね。

頭の他に、何か体の部位がついた面白い言葉がないか探してみましたが、
「肩」と「声」しかありませんでした。

地肩(じがた)
持ち前の肩の力。物を投げるときなどにいう。

地声(じごえ)
1、生まれつきの声。ふだんの声。
2、技巧的な発声をしない自然の声。 →裏声(うらごえ)

地頭力とは違いますが、マイナス言葉に「力」をつけてブラスパワーにした、
「老人力」「鈍感力」なんていうのがありましたね。
私などは「忘却力 」「小心力」もアピールして欲しいところです。

最後に、
「地頭」(じとう)の説明もしておきます。
鎌倉幕府・室町幕府が荘園・公領を管理支配するために設置した職。

「地頭」で思い出したのが、
「泣く子と地頭には勝てぬ」という文句。
聞き分けがない子供や、横暴な地頭には従うほかにない。
道理を尽くしても、理の通じない者には勝ち目がないことを言っています。

実質的に土地を支配していた地頭は、幕府の命令すら聞かず、農民を脅迫的に使役したり、荘園領主に年貢を納めなかったりと横暴な振る舞いをしていたようです。



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2010年01月17日

捨象(しゃしょう)

事物または表象からある要素・側面・性質を抽象するとき、他の要素・側面・性質を度外視すること。
(デジタル大辞泉)

何を言ってるの??

では、goo辞書の説明。

概念を抽象する際に、抽出された諸表象以外の表象を考察の対象から切り捨てること。

説明の言葉がもう難しい。

漢和辞書はもう少しくだけた言い方です。

多くのものの中で共通するところを抜き出して一つの考えをまとめる時、共通していないものは捨てさること。

Web上にあった記述です。

抽象化(ちゅうしょうか)とは、思考における手法のひとつで、対象から注目すべき要素を重点的に抜き出して他は無視する方法である。
抽象化において無視することについては「捨象」するという。
従って、抽象と捨象は盾の両面といえる。

「抽象」(ちゅうしょう)とは、
事物または表象からある要素・側面・性質をぬきだして把握すること。

「抽象」との関係でとらえると「捨象」が理解できました。

「捨」と「象」に思わぬ意味が隠れていないか見てみます。

「捨」
シャ・す-てる
1、すてる
2、ほどこす--喜捨

「象」
ショウ・ゾウ
動物のゾウの形にかたどった象形文字。
1、ゾウ
2、物の形
3、物の形をかたどる

意外な意味はありませんでした。

「有象無象」(うぞうむぞう)という言葉があります。
1、取るに足りない種々雑多な人々。多く集まったつまらない連中。
2、「有相無相」に同じ。

「有相無相」(うそうむそう)とは、
形をもつものともたないもの。現象と真理。有象無象。

仏教用語「有相無相」から「有象無象」に転じたもので、
“取るに足らない人々”という意味は後からできたものです。
「有象無象」が「うじゃうじゃ」「うじょうじょ」などの語感と似ていたことから派生したものと思われます。




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2010年01月11日

余蘊(ようん)

余分のたくわえ。余った部分。
また、不足の部分。余すところ。
・説明を尽し余蘊ない
・余蘊なく記述する

「蘊」は、
ウン・つ-む
1、積みたくわえること---余蘊・蘊蓄
2、物事の奥底---蘊奥

最初、辞書の説明が飲み込めませんでした。
“余分のたくわえ”と“不足の部分”が違うことを言っているように思えました。
それに「蘊」の“蓄える”という意味がじゃまして、熟語「余蘊」の意味がなかなか入ってきませんでした。
例文の「余蘊」を「余すところ」と置き換えて読むと、するりとわかります。

この難しい「蘊」という字は、
「蘊蓄」(うんちく)に出てきます。
学問や知識を積み蓄えること。
「蘊奥」(うんのう)は、
学問や技術の奥深いところ。奥義。秘奥。

一方の「余」の意味は、
一、われ。自分。
二、
1、あまり。
2、あまる。あます。
国字)あまりに。非常に。

「余」には、たくさんの熟語があります。

窮余・残余・剰余・有余・余輩
余分・余暇・余地・余日・余談・余裕・余力・余念・
余韻・余意・余情・余香・余薫・余熱・余寒・余炎・余震
余技・余興・余業・余計・余財・余剰・余得・
余勢・余威・余憤・余病・余罪・
余徳・余沢・余烈・余慶・余栄・余殃・
余命・余生・余喘・余年・余齢・
ありますねー。
まだ漢字を見ればなんとなく理解できますが、耳からだと何のことだかわからないでしょうね。

以下に意味のわからなかったものをあげてみました。
「余輩」(よはい)
自分。また、自分たち。われわれ。

「余意」(よい)
言外に含む意味。余情。

「余沢」(よたく)
先人の残しためぐみ・恩恵。

「余烈」(よれつ)
先人の残した功績。遺烈。

「余慶」(よけい)
祖先のなしたよい行いのおかげで子孫の受ける福。余福。

「余殃」(よおう)
祖先のなした悪いことのむくいとして子孫にまで残る災い。



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2010年01月10日

晦渋(かいじゅう)

言葉や文章がむずかしく意味がわかりにくいこと。難解。

使ったことのない言葉です。
「晦」は珍しい字のように思いましたが、「大晦日」(おおみそか)で目にしていました。

「晦」
カイ・くら-い・みそか
1、みそか。陰暦で月の末日。
2、夜。やみ。
3、よくわからない。
4、くらます。姿をかくす。

「晦日」(かいじつ/みそか/つごもり)とは、
月の末日のこと。

月相を表す「弦」「望」「晦」「朔」に由来するもので、
「朔」は月が現れること、
「晦」は月が隠れることを意味します。

「つごもり」は「月隠り」(つきごもり)が転じたもので、月が隠れる意。
陰暦では 月が隠れる頃が月末になるため。

「朔」は、月が一巡して初めに戻る、ついたちの意。
「朔日」(さくじつ)=「朔月」(さくげつ)
ついたち。月の第一日

「晦朔」(かいさく)
つごもりとついたち=月の最終日と月の第一日
また1ヶ月のこと。

月齢ごとの呼び名を見てみましょう。
「月齢」とは、
新月の時を0として、次の新月までの経過時間を1日単位で表したもの。
0-----新月/朔
3-----三日月
7・8--上弦/半月
13----十三夜
14----小望月(こもちづき)
15----満月/望月/十五夜
16----十六夜(いざよい)
22・23--下弦/半月
29・30--晦

「晦渋」という言葉から「晦」と「朔」が月の満ち欠けに関した漢字だったことを知りました。



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2010年01月03日

述懐(じゅっかい)

1、心中の思いをのべること。
2、不平・うらみ・愚痴(ぐち)などをいうこと。

私は「述懐」を“昔を懐かしんで述べる”ことだと思っていました。
単に“思いを述べる”ことだったんですね。
しかも“グチをいう”という意味までありました。
ただ、「デジタル大辞泉」には、もう1つの意味として、
“過去の出来事や思い出などをのべること”
という意味を載せています。
元々は“思いを述べる”だったものが、しだいに“懐かしむ”の意味が入ってきたという経緯があるようです。

「懐」の意味は、
1、おもう
2、なつかしむ
3、なつく
4、いだく
5、ふところ

「のべる」には「述/宣/陳」の字が当てられています。

「述べる」
1、考え・意見などを口に出して言う。
2、文章で表す。

「宣」
1、のべる
2、のたまう
3、みことのり

「陳」
1、つらねる
2、のべる
3、ふるい

また、「叙」「抒」にも“のべる”意があります。

「叙」
1、順序
2、順序をつける
3、はしがき=序
4、のべる。順序だててのべる。
5、さずける

「抒」
1、心中をうちあける
2、くむ。すくいだす。
3、ゆるめる

述べるに関した熟語を拾ってみると、

「叙事」(じょじ)
事実をそのまま述べること。

「叙情/抒情」(じょうじょう)
感想・感情を述べること。

「叙述」(じょじゅつ)
物事について順を追って述べること。また、その述べたもの。

「陳情」(ちんじょう)
目上の人に、実情や心情を述べること。
特に、中央や地方の公的機関、または政治家などに実情を訴えて、善処してくれるよう要請すること。また、その行為。

「陳述」(ちんじゅつ)
1、意見・考えを述べること。 口述。
2、〔法〕 訴訟において、当事者やその関係人が、関係事項を口頭または書面で述べること。

「供述」(きょうじゅつ)
刑事訴訟法上、被告人・被疑者・証人などが、主として裁判官・検察官などの尋問に答えて事実を述べること。

「言上」(ごんじょう)なる言葉も見つけました。
目上の人に申し上げること。申し述べること。





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2010年01月01日

迎春

年賀ブログ用.gif


2010年が感謝と感動に満ちた一年になりますように!








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2009年12月28日

寿ぐ/言祝ぐ(ことほぐ)

喜びや祝いの言葉を述べる。言葉で祝福する。
・新年を寿ぐ
・春の訪れを寿ぐ
・初春を寿ぐ
・古希を寿ぐ

「寿ぐ」−「ことほぐ」読めませんでした。
とても雅な言葉ですね。
「ことほぐ」と口にできる人は、きっと品格もある人でしょう。

年賀状に使われる語には、
賀正・迎春・賀春・慶春・吉春・寿春・頌春・
謹賀新年・恭賀新年・・
他にもあるでしょうか。
「吉春」「寿春」「頌春」は知りませんでした。

「吉春」は「きっしゅん」と読みます。
「寿春」(じゅしゅん)が“春をことほぐ”です。
「賀正」の「正」は正月のこと。
「賀」は、喜ぶ。祝う。
賀宴・賀詞・賀状・慶賀・参賀・祝賀・年賀
「頌春」(しょうしゅん)の「頌」は、人の徳や功績などをほめたたえる意。
頌歌・頌辞・頌詞・頌徳・頌寿・賀頌
「頌」の熟語はほとんど変換もできず、目にすることもありませんね。

ところで、
「寿」「福」「賀正」「迎春」「賀春」「頌春」など、
1文字や2文字の賀詞は敬意の表現が省略されたものなので、目上の方や改まった相手には避けるたほうがいいってこと、ご存知でした?

目上の方や会社の上司・社用の年賀状には
・謹んで年頭のご祝詞を申し上げます
・謹んで年始のご挨拶を申し述べます
・謹んで新春のご祝詞を申し上げます
・新春のお喜びを申し上げます
・「謹賀新年」「恭賀新年」など4文字賀詞

私はこの年までそんな年賀状のマナー知りませんでした。
たぶんそんなマナーを気にしている人は多くはいないと思いますけど。



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2009年12月27日

参詣(さんけい)

お正月は普段、無宗教な日々を送っている人も、
神仏にお参りしたり、日本の伝統を思い出したりする時ですね。
そこで日頃あまり省みない神仏まわりの言葉を集めてみました。

「参詣」(さんけい)
神社やお寺にお参りすること。

「大師」(だいし)
1、仏・菩薩(ぼさつ)の尊称。
2、朝廷から高僧に対して贈られる称号。
3、高徳の僧の敬称。
4、仏・菩薩や高僧をまつってあるところ。大師様。
また、弘法大師(空海)のこと。

「本尊」(ほんぞん)
寺院などで、礼拝の対象として安置される最も主要な仏・菩薩像。

「方丈」(ほうじょう)
インドの維摩居士の居室が一丈(約3m)四方であったという故事から、
寺の住職の居室。また住職の俗称。

「道祖神」(どうそじん/どうそしん)
外来の悪霊をさえぎる路傍の神。
辻・村境・峠などに主に石碑や石像の形態で祀られ、
村の守り神、子孫繁栄、近世では旅や交通安全の神として信仰される。
道陸神(どうろくじん),さえ(塞・幸)の神とも。

「お賽銭」(おさいせん)
供物としての意味と個人の罪穢(ざいえ)を祓(はら)い清める意味とをもつ。
鶴岡八幡宮に賽銭箱が置かれたのは天文年間(1532年―1555年)ということで、お賽銭の風習は16世紀半ばごろからのものと考えられるようです。

年末年始は改まった挨拶をすることも多いと思います。
かしこまった表現にも慣れたいものです。

お心添え・お骨折り・ご好意・ご厚意・ご厚誼・ご厚志・
ご厚情・ご斟酌・ご親切・ご芳志・ご芳情・お気遣い・
お心配り・ご高配・ご考慮・ご配慮




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2009年12月23日

「一品」と「逸品」

「いっぴん」には、「一品」と「逸品」があります。

「一品」
1、一つの品。ひとしな。
2、最もすぐれたもの。絶品。逸品。

「逸品」
この上もなくすぐれた品物や作品。絶品。一品。

「一品」にも「逸品」の意味があったことを確認しました。
そういえば「天下一品」という言葉もありました。
他に比べるものがないほどすぐれていること。

「品」は、
物をあらわす口を3つ並べて、物の区別・多くのものの意で、
“しなもの”“性質”という意味を持ちます。

すぐれた物という意味を表す言葉を探してみると、、
一品・逸品・絶品・名品・良品・佳品・別品・極上品---
「別品」にもそういう意味があったんです。

「別品」(べっぴん)
1、特別によい品。
2、別嬪に同じ。

「別品」は、本来は品物をさす言葉でしたが、優れた人物も意味するようになり、やがて女性の容姿をさす言葉に。
それとともに高貴な女性を意味する「賓」が当てられ「別嬪」と書かれるようになりました。
言葉の始まりは、
江戸時代、吉田の宿の鰻屋が看板に「頗る(すこぶる)別品」と書いて出したところから美味の意味で使われるようになったということです。
吉田の宿は今の愛知県豊橋市。

最近では、すぐれた物としての「別品」はほとんど見聞きしませんし、「別嬪だねー」なんて言うおやじさんも見かけなくなり「別嬪」も消えかけているように思います。




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2009年12月20日

鑑みる(かんがみる)

先例に照らして考える。他とくらべあわせて考える。

「かんがみる」 は「かがみる」が転じたもの。
「かがみる」は 「鏡」(かがみ)が動詞化した語。
「鑑」は「鏡」という意味を持っていました。

「鑑」
カン・かがみ・かんが-みる
1、かがみ
2、かんがみる。手本とする。
3、見る。めききする。

鑑みるの使用例を検索していて、
鑑みるの使い方に疑問を投げかけているページを目にしました。
以下の3通りの使い方をどう思われますか?
A、わが国が成し遂げた進歩を鑑みるに---
B、重要性を鑑み---
C、紛争が絶えない現状に鑑みると---

「鑑みる」は“何かに照らして考える”意なので、
C の「〜に鑑みる」という言い方が正しく、A・B は違うのではないか。
「 〜に鑑みる」「〜を鑑みる」?
結論としましては、
「かんがみる」と読むのなら「鑑みる」と書き、「〜に鑑みる」と使う。
「かがみる」と読むのなら「鑑る」と書き、「〜を鑑る」と使う。

私は「に」でも「を」でも違和感を感じなかったので、無自覚に使っていたんですね。

最後に、
「鑑」と同じく鏡の意味をもつ「監」についても見てみましょう。

「監」
カン・ケン・かんが-みる
水を入れたタライと大きな目を合わせて、人が水鏡を見る意。
1、みる。みはる。
2、とりしまる
3、ろうや
4、かんがみる
5、かがみ。てほん。
6、おさ。かしら。

「鑑」「監」それぞれの熟語を並べてみると、
鑑識・鑑別・鑑定・印鑑・図鑑・鑑賞
監禁・監獄・監視・観察・監査・監修・監督

「監」は取り締まる関係の熟語が多いですね。



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2009年12月13日

心頭(しんとう)

心。心の中。

「怒り心頭に発する」(いかりしんとうにはっする)
激怒すること。

これを多くの人が「達する」と誤用しているということで、あちこちで取り上げられていましたね。
その後は、だいぶ認識度があがったのではないでしょうか。
今回は「発する」ではなく、「心頭」に注目したいと思います。

私は、「心頭」をそのまま“心と頭”と思っていました。
誤用が多いのも私のように「頭」が残って「頭に来た」というイメージを持ってしまうからではないでしょうか。
正しくは、心に怒りが発生したのでした。

「頭」には、
“その付近”“ほとり”という意味があり、
心頭・駅頭・街頭・店頭・路頭・枕頭(ちんとう)などがそうです。

確かに「あたま」では意味が通じませんね。
「ほとり」は「辺/畔」と書きます。
“きわ・ふち・端・境界”を意味します。
尚、
路頭=路傍(ろぼう)=道端(みちばた)=路辺(ろへん)=道のほとり


「心頭を滅却すれば火も亦涼し」という表現もありますね。
(しんとうをめっきゃくすればひもまたすずし)
無念無想の境地にあれば、どんな苦痛も苦痛と感じない。

“心の中”という意味に、
「胸臆」(きょうおく)・胸襟(きょうきん)があります。
・胸臆を開く
・胸襟を開く
・胸臆に納める

納めるところは胸や腹がありまして、
・胸に納める
・腹に納める
・胸に畳む
・胸三寸(むねさんずん)に納める
・胸三寸に畳む

なかなか心中を打ち明けることのできる環境も少ないかとお察しします。



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2009年12月12日

閑却(かんきゃく)

いいかげんにしておくこと。

日常ではあまり使われない熟語ですが、それぞれの漢字は頻出のものです。
でも知っている漢字の意味から熟語の意味を導き出せません。
またまた知らない漢字の意味が出てきそうです。

「閑」
カン・ひま・しずか
1、用事がないとき。ひま。
閑暇・寸閑・繁閑・有閑
2、実用的でない。むだ。
閑事業・閑文字
3、のんびりと落ち着く。ひっそりと静か。
閑居・閑散・閑寂・閑静・閑談・安閑・森閑・清閑
4、どうでもよい。いいかげん。
閑却・等閑

「却」
キャク・しりぞ-く
1、しりぞく。
退却
2、差し出したものを引っこませる。しりぞける。
却下・棄却
3、除き去る。
消却・焼却・脱却・売却・返却
4、返す。
返却・償却
5、すっかり----してしまう。
閑却・困却・忘却・冷却

閑却は、
「閑」=“いいかげん”
「却」=“してしまう”という成り立ちでした。
“すっかり----してしまう”という「却」の意味が発見でした。
実は、以前「等閑視」を取り上げた時に、「閑却」も学んだはずなのですが、すっかり忘却の彼方でした。

「等閑視」(とうかんし)
いいかげんに扱って、放っておくこと。なおざりにすること。
似た言葉に、
「看過」(かんか)
あることを目にしていながら、そのままほうっておくこと。見逃すこと。
「蔑ろ」(ないがしろ)
軽んずること。無視すること。

それでは、「閑却」の使用例を見てみましょう。
・生と死との最大問題を閑却する(漱石)
・被害者の人権については、殆んど閑却されている
・長く閑却するべき性質のものではない
・使命を閑却することのない弁護士
・人間の本質、徳性を閑却したことだ
・インドの重要性を閑却すべきでない




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2009年12月06日

えぐ味(えぐみ)

あくが強く、喉や舌を刺激するような好ましくない味のこと。
たけのこ、ふきのとう、山菜などに感じる渋いような味です。

「灰汁」(あく)は、食品に含まれる、渋み・苦み・不快な臭いなどの元となる成分。

「えぐ味」「渋味」「苦味」の違いを成分から見てみると、
●えぐ味
「ホモゲンチジン酸」という物質と「シュウ酸」 及び その化合物が主体。
●渋味
「タンニン」という物質が主体となっています。
●苦味
糖と結合した配糖体の形で存在する物質と、「アルカロイド」が主体。
この他「カルシウム」や「マグネシウム」などの無機塩が苦味をもっています。

えぐみ成分のシュウ酸はカルシウムと結合すると結石をつくります。

えぐ味を調べていて、説明の中に「収斂味」という言葉が出てきました。
「収斂味」(しゅうれんみ)
渋みともいう。味覚神経を収れんさせることによる刺激で、いわゆる味ではない。 「収斂」は縮むこと。

「収斂味」という表現は馴染みがありませんが、渋柿を食べた後のしびれたような感覚といえばすぐわかります。
苦味が過ぎると渋くなるか、あるいは舌が収縮するような感じになります。
練り歯磨きやマウスウオッシュなどには、歯茎が締まるような感じを出すために収斂味が入れられているとのこと。
そんな利用があるとは!

食生活が変わってきて「えぐ味」という言葉も聞かなくなりましたが、「えぐ味」「渋味」「苦味」をまったく排除してしまったら、味の深さ・おもしろさもなくなる気がします。




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2009年12月05日

賦存 (ふぞん)

資源などが潜在的に存在する様子。

「賦存」も目にしたことことないなーと思って調べましたら、新語でした。
入力しても変換できません。
ごく最近の言葉なのかと思いきや、1986の文献にはもう登場しています。

「理論的に算出しうる潜在的な資源量」が賦存量です。
理論上、最大限利用可能な量と言い換えられます。
ちなみに、
水資源の賦存量は、
(降水量−蒸発によって失われる量)×面積
一人当たり水資源賦存量は、
世界平均--- 約 8,600m3/人・年に対して、
日本------- 約 3,200m3/人・年
日本は水に恵まれているというイメージがありますが、利用可能な水資源は少ないんですね。
意外でした。
日本は地形が急峻で河川が短く、雨は梅雨・台風期に集中するため、かなりの部分が洪水となり、水資源として利用されないまま海に流出するのだそうです。

「賦存」で検索すると、
・メタンガスの賦存量
・バイオマス賦存
・新エネルギー賦存
・森林資源賦存量
・メタンハイドレート賦存堆積土
・温泉源賦存状況調査
・海底熱水鉱床賦存状況
・歴史遺産の賦存状況

資源問題は今後ますますクローズアップされてくると思いますので、「賦存」という言葉も認知度が高まりそうです。

さて、最後に賦存の「賦」について、
「賦」の読みは「フ」のみ。
人民に割り当てるみつぎ物の意。
1、税を取り立てる。賦役
2、割り当てる。賦課・割賦
3、授け与える。賦与・天賦
4、詩歌を作る。詩歌。賦詠
5、古代中国で、韻文の一体。

4・5の意味は初めて知りました。
「賦存」は“自然に与えられて存在する”という成り立ちだと理解しました。



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2009年11月30日

がましい

「がましい」って?!
接尾語です。
これだけ切り取ると何だか古代生物の名前みたいですね。
前回に続いて、接尾語を取り上げてみました。

「〜がましい」
名詞・副詞や動詞の連用形などに付いて形容詞をつくり、
“---のきらいがある”“---の傾向がある”という意味を表します。

さて、どんな「がましい」が思い浮かびますか?
・おこがましい
・差し出がましい
・未練がましい
・恩着せがましい
・言い訳がましい
・押付けがましい
・恨みがましい
・催促がましい
・勝手がましい
・自由がましい
・晴れがましい

最後の「晴れがましい」以外、非難するものばかりですね。

「おこがましい」に関しては、2通りの使い方があります。
1、“生意気、出しゃばりすぎ”という非難
・自分のことは棚にあげて、そんなことを言うとはおこがましい
2、“思い上がっているようで気恥ずかしい”という謙虚な気持ち
・先輩を差し置いて、大変おこがましいのですが・・

「おこがましい」は、
1、身の程をわきまえない。差し出がましい。なまいきだ。
2、いかにもばかばかしい。ばかげている。
原義は2の“ばかげている”という意味でした。
中国から入ってきた“愚かな事”を意味する「おこ」という言葉に、接尾語「がましい」が組み合わさって出来た言葉です。

辞書に「痴がる」(おこがる)という動詞がありました。
ばからしいと思う。愚かだと思う。
「おこがましい」も漢字にすると「痴がましい」です。




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2009年11月29日

徹宵(てっしょう)

夜どおし起きていること。徹夜。
夜どおし。一晩中。

「徹夜」はよく聞かれますが、「徹宵」は耳にしたことがありませんでした。
Webで検索してみると、
徹宵座禅、徹宵念仏、徹宵警戒、徹宵交渉、節分徹宵星祭、
などの語が出てきましたが、日常での使用はあまりないようです。

“夜通し・一晩中”という意味では、
他にもいろんな言葉があることを知りました。
「通宵」(つうしょう)
「夜一夜」(よひとよ)
「終夜」(しゅうや)
「小夜すがら」(さよすがら)
「夜すがら」(よすがら)
「夜もすがら」(よもすがら)

この「すがら」は 接尾語で、
“始めから終わりまで”“・・の間ずっと”という意味を表します。
他にも、「道」「身」に付く表現があります。

「道すがら」
道を行きながら。道の途中で

「身すがら」
1、所持品らしいものを何も持たないこと。身一つ。
2、独身で係累のないこと。

ところで、
「終始」と「始終」の意味の違いは何でしょう。
共通の意味は、
“物事の始めと終わり”
“始めから終わりまで全部”

違いは、

「終始」(しゅうし)
1、同じ態度・状態・内容などが、始めから終わりまで続くこと。
・自己弁護に終始する答弁
・終始一貫して反対し続ける

「始終」(しじゅう)
名詞>
1、始めから終わりまで態度・状態などを変えないで通すこと。
また、変わらないで同一になること。
2、最後。結末
副詞>
1、絶えず。いつも。しょっちゅう。
・始終監視されている
2、終わりには。結局は。

副詞的用法「始終」の“絶えず”という意味に大きな違いを見ますが、他は似ていますね。

「一部始終」という慣用句がありますが、
この「一部」は、“一部分”いうことではなくて、
“書物や新聞などのひとまとまり。書物の一冊”
という意味です。





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2009年11月23日

身につまされる

「つまされる」ってどういう漢字が当てられているんだろうと思って、goo辞書を見てみました。
すると、
「つまされる」で、
漢字表記はありませんでした。
意味は、
1、情にひかれて、心が感動する。
・親子の愛情につまされて、許す気になる
2、自分の身の上にくらべて、しみじみ哀れに感じられる。
・身につまされる

ここで、2の意味に「ん??」
そういう意味だったの。私、勘違いしてた?・・・。

他の辞書をあたってみると、
デジタル大辞泉では、
「身につまされる」
他人の不幸などが、自分の境遇・立場と思い合わさって切実に感じられる。

広辞苑
人ごとでなく感じられて、哀れに思われる。

私はこちらの意味だと思っていました。

ただ、goo辞書も、
「身」で引くと、
・身が入る
・身が持たない
・身から出た錆
・身に余る
・身に覚えがある
などの並びにある、
「身につまされる」は、
他人の不幸などが我が事のように思われる。
とあります。

Webで検索してみると、辞書によって「身につまされる」の解釈が分かれていることを取り上げた記述がありました。
辞書でさえも意味が分かれているのはやっかいですね。
どちらの意味が優勢か調査してもらいところです。
私としては、
「身につまされる」は“人の不幸、苦しみなどを、自分の身の上に起こったことのように悲しく感じる”と言う意味でよいかと思っています。





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2009年11月22日

篤志家(とくしか)

篤志のある人。
特に、社会奉仕・慈善事業などを熱心に実行・支援する人。

「篤志」とは、
志のあついこと。
特に、社会事業や公共の福祉などに熱心に協力すること。

「篤農家」は、
熱心で、研究心に富んだ農業家。

「篤」は“あつい”“あつくする”という意味です。
“あつい”も「厚い」「暑い」「熱い」とありますが、
「厚い」に置き換えられます。
「薄い」の対義語の「厚い」=「篤」なのが意外でした。

「厚」は“かたい岩”の意で、
“てあつい”などの意味も含んでいます。
一方、
「篤」は“馬の歩みののろい”が原意で、
“気持ちが深い”“病気が重い”という意味です。
“馬がのろい”から“病気が重い”は連想できますが、“気持ちが深い”はどういう道筋で生まれたんでしょうね。
その辺の解説は見つかりませんでした。

「篤」の付く熟語は、「危篤」「重篤」がすぐ思い出せます。
他には、
「篤信」(とくしん)
信仰があついこと。

「篤学」(とくがく)
学問に熱心なこと。また、広く学識があること。

「篤志解剖」(とくしかいぼう)
献体による解剖のこと。

「献体」(けんたい)とは、
死後、自分の身体を大学などの解剖実習用に提供すること。

財団法人 日本篤志献体協会というものの存在を知りました。




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2009年11月15日

多とする(たとする)

この表現も知りませんでした。
最初、私は辞書を見ても意味がよくつかめなかったので、3つの辞書の説明と例文を並べてみました。

●ほめる。ありがたく感謝する
●価値の高いものと認める。ありがたく思う。
●労力や好意が普通以上である。ねぎらいや感謝の気持ちで使う。

使用例を見たほうがわかりやすいかもしれません
・永年の好意を多とする
・関係諸氏の労苦を多とするものである
・チームの努力を多としたい
・委員会の協力を多としたい
・鳩山演説の志を多としたい
・小沢代表の姿勢を多としたい。

「多」の対義語は「少」「寡」
「多少」(たしょう)
名詞>数量の多いことと少ないこと。
副詞>いくらか。すこし。

「多寡」(たか)
多いことと少ないこと。多いか少ないか。

以前「多寡」は取り上げましたが、
「寡」は “分かれて住むひとり者”の意で、
対義語は「多」「衆」
「衆寡」(しゅうか)という熟語があります。
「衆多」は「多数」と同じ意味です。

「多少」と「多寡」の使い分けが気になりましたが、明快な説明が見つかりませんでした。

最後に「多」のつく四文字熟語を2つ。

「多事多端」(たじたたん)
1、仕事が多く、多忙なこと。
2、出来事が多く、安らかでないこと。

「多岐亡羊」(たきぼうよう)
枝道が多いため逃げた羊を見失うという意。
学問の道が多方面になりすぎて、容易に真理を得がたいこと。
また、道がたくさんあってどれを選んだらよいのか思案にあまること。
岐路亡羊。



posted by 空凛 at 20:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする