2017年09月30日

「長い」と「永い」

「長」を使うべきか「永」なのか、時々迷います。

「長」 チョウ・なが-い・おさ
長い髪の老人が杖をついている形の象形文字。
年長の人の意から後に “おさ” “ながい” の意に。

「永」エイ・ヨウ・なが-い
川の本流から支流が流れ出ている形の象形文字。
支流をもつ長い川の意から “ながい” 意に。

「長」は 形・距離・時間などがながい。
これに対して、
「永」は 時のながいこと。はてない意に用います。

二つの共通点は時間の “ながさ”。
ながねん・ながらく・ながなが・ながつづきする
などは「長」「永」どちらも使われます。
慣習として、「春の日永」「秋の夜長」
というように使い分けが決まっている語もあります。
「長い」は使用範囲が広いため、迷った時は「長」とするのが無難なようです。
「永」は死にまつわる語が多いですね。
死別=永訣=永別=永遠の眠り
永眠=永逝
悠久の時を表す語に、永遠・永劫・永久・とこしえ
「永久」と「永遠」は同じ意味ながら受ける印象は違いますね。
その違いの表現がなるほどと思わせられました。

永久はこの世的な印象。
永遠はもっと果てしない広がり。宇宙的な時間軸。

永久は “物理的” に続く感じ。
永遠は “精神的” に続く感じ。

永久は形而下的。
永遠は形而上的(超自然的)。

「とこしえ」は漢字で書くと「永久」で、
「とわ」は漢字で「永遠」
「とこしえ」と「とわ」の違いは?

「とこしえ」
ながく変わらないさま。永久不変であるさま。いつまでも同じ状態で続くさま。
えいきゅう。とこしなえ。

「とわ」
いつまでも変わらないこと。永久不変であること。
とこしえ。つね。

「とこしえ」と「とわ」の対比も
「永久」と「永遠」に似た感じです。
「とこしえ」はこの世的で、
「とわ」はこの世の外に広がっている感じ。

辞書によると、
○永遠/永久/とわ −−に栄える(3語とも使える)
○永遠/とわ −−−の眠りにつく
○永遠/永久 −−−に回り続ける天体




posted by 空凛 at 10:24| Comment(0) | 言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月29日

連濁(れんだく)

「カ」「サ」「タ」「ハ」行ではじまる、語頭清音が語の複合によって濁音化する現象。
例を見た方が早いです。
草花(くさばな)、花園(はなぞの)、山鳩(やまばと)、草葉(クサバ)、白々(しらじら)
結合形容詞は必ずしも連濁するものではないため、外国人には悩ましいでしょうね。
NHKでは、迷いが生じている連濁の例を12語取り上げています。
1、芋焼酎
2、奥深い
3、返り咲く
4、河川敷
5、過払い/未払い
6、過不足
7、高利貸し
8、凍え死ぬ
9、税引き
10、庭作り
11、見え隠れ
12、紫水晶
どちらでも違和感のないものが多いですね。

連濁現象はハングルにおいても見られます。
たとえば、金大中。
個々に分解すれば、キム・テ・チュン、
つながると、キム・デジュン。
同様に、金正日はキム・チョンイル → キム・ジョンイル

「清濁併せ呑む」という語があります。
(せいだくあわせのむ)
大海が清流も濁流も隔てなく受け入れることから、
度量の大きいことのたとえ。
「清濁」とは、善と悪・善人と悪人・賢者と愚者などのたとえ。
この言葉、子供には説明しにくいですね。
Webにいい説明がありました。
大海は清濁いずれも嫌わず受け入れたことによって大海となった。
どんな濁流を呑み込んでも、海は全体としてみれば、変わらず青く澄んだ海。
とてもイメージしやすいですね。


濁音は3つ「が」「ざ」「ば」がありますが、
「ば」だけが清音と濁音で口の形が変わります。
そんなこと気にしたこともありませんでしたが、確かに不思議です。
では「ば」の清音は?
「ぱ」です。
「ば」も「ぱ」も破裂音。
古代は「は行」の音がなかったのです。
奈良以前-------- ぱ
奈良〜平安末期---ふぁ
江戸以降-------- は
方言に過去の音の記憶が残っています。
奄美では「人−ピトゥ」「骨−プニ」
与論島では「花−パナ」
秋田県の高齢者に「髭−フィゲ」「蛇−フェビ」
また、
16世紀には欧州からキリスト教宣教師が渡来しましたが、
当時のオランダの日本地図には、
平戸−Firando、肥前−Figen、博多−Facata
と書かれています。
発音についても、ハ行の発音は「ラテン語のFとHの中間」などと書かれています。
ハ行が パ → ファ → ハ と変化したのは、
「唇音退化」と呼ばれる現象で、唇を使う発音がだんだん唇を使わない発音へと変化していくものです。
パ行音がハ行音に変化したことにより、パ行音が失われて、現在では擬態語や外来語を除くと、パ行音の語はほとんどありません。
プイ・プカリ・プカプカ・プクプク・プスプス・プツリ・プツン・プチプチ・プックリ・プッツリ・プツプツ・プニプニ・プヨプヨ・プルプル・プリプリ・プルン
かわいらしい表現が多いですね。
日本語は擬態語が基になった言葉がたくさんあります。




posted by 空凛 at 08:38| Comment(0) | 言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月28日

「ニッポン」と「ニホン」

オリンピックの声援では、誰もが自然と「ニッポン頑張れ!」と口にしていますね。
なんとなく「ニッポン」が正式なのかと思っていましたが、どちらも認められています。
日本国 名前の由来は、
大和時代に国名として「日の出の国/日ノ本」として、
「日本」(やまと)が決まりました。
“日が昇るもと”の意味で、当時の読みは「ヒノモト」
大化の改新の頃には「日本」の表記があります。
「ヤマト」は昔の国号「大和」を引き継いもので、
「ニッポン」と音読されるようになったのは奈良時代以降。
「ニッポン」という読みは、
呉音読み「ニチホン」が音変化したもの。
「ニホン」は「ニッポン」よりも後に生まれた読み方で、
「ニホン」と読まれるようになった理由は明らかではありませんが、
通説としては、
平安時代にひらがなが生まれましたが、当初 ひらがなには促音や半濁音の表記がなかったため、「にっぽん」の「っ」が抜け、半濁音の「ぽ」が「ほ」になったといわれています。
どちらが一般的だったかは、時代や社会情勢によるようです。
戦前・戦時中は「ニッポン」が優勢で、現在は、ニホンが多いですね。
お札を見ると、NIPPON GINKOになっています。
国家意識が強かったり、公式の場という雰囲気では、「ニッポン」が使われます。
ニッポンのほうが重々しい響きがありますから、自然な流れかなと思います。
「ホ」は摩擦音。
「ポ」は破裂音。
破裂音のほうが強い響きですし、ポの前が促音のため、唇をきつく閉じて一瞬息を止めてからパッと勢いよく開くために、より力強く感じられます。
だから声援にはピッタリなんですね。

恥ずかしいほど歴史に疎い私は、飛鳥時代のイメージを山岸凉子の「日出処の天子」から膨らませました。
厩戸王子(聖徳太子)が隋の煬帝に送った国書。
“日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙無しや”
この恐れを知らぬ大胆な書き出し。
衝撃的!!




posted by 空凛 at 09:06| Comment(0) | 言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月27日

あどけない

無邪気でかわいい。無心である。

漢字はないんですね。

「あどなし」に「気」(け)がついたもの。
「あど」は足跡処(あとど)の略で、
幼児の足もとの不安定さから。(一説)
古語「あどなし」は “子供っぽい” “あどけない”意。

類語の「いたいけ」には、「幼気」という漢字が当てられています。
これ、知らないと「おさなげ」って読みますよ。

「幼気」(いたいけ)
1、子供などの痛々しく、いじらしいさま。
2、幼くてかわいいさま。
3、小さくてかわいらしいさま。いとけない。

いたき(痛き)+ け(気)
→ 「いたきけ」の音変化。
心が痛むくらいいいじらしいさま。

「いとけない」は「幼い/稚い」という漢字。
「いとき-なし」の転化。
おさない。あどけない。

前回 取り上げた、
<「かわいそう」と「かわいい」は遠くない感情?>で、
江戸初期までは、
「かわいい」は “かわいそう” という意味があった。
と書きましたが、
「可憐」も漢字が示すように憐れむ気持ちが根底にあります。
「可憐」(かれん)
姿・形がかわいらしく、守ってやりたくなるような気持ちを起こさせること。

意外な由来で、へーーと思った語が「ややこしい」です。

「ややこしい」
複雑である。こみいってわずらわしい。

「稚児」(ややこ)からきています。
ややこ(赤ん坊)+ 形容詞化語尾「し」
“赤子のように扱いにくい”意から。
対義語は「大人」(おとな)+「し」 → 「おとなし」
赤ん坊は相手をするのがわずらわしくて「ややこしい」
大人はききわけがよくて「おとなしい」

「緑児/嬰児」(みどりご)
本来は「緑児」ですが、現在では「嬰児」表記に。
古くは「みどりこ」と清音。
私は蒙古斑からの緑子かと思っていましたが、
大宝令で <3歳以下の男児を緑児、女子を緑女と称する>
とする規定があったことから。
新芽のように生命力溢れる赤ん坊の意。

※大宝令
「大宝律令」は刑罰を規定した「大宝律」と
行政組織や官吏の勤務規定が定められた「大宝令」からなります。

“幼い”つながりで最後にもう一語。

「頑是ない」(がんぜない)
1、まだ幼くて物の道理がよくわからないさま。
2、あどけないさま。無邪気だ。

「頑是」(がんぜ)
是非の区別。分別。

「頑」
物の道理がわからない。融通がきかない。

「是」
道理にかなっている。


posted by 空凛 at 08:00| Comment(0) | 言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月25日

共感(きょうかん)

人の意見や感情などにそのとおりだと感じること。

日経「こころの経済学」のコーナーで、「共感」のことが目に留まりました。
「sympathy」の訳が戦前・戦後・現在で変化していたというものです。
戦前は“同情”と訳され、
戦後に“同感”
そして最近は“共感”の訳が増加。
「同情」は戦前、他人の喜びと悲しみの両方を対象としましたが、戦後は他人の不幸への気持ちのみを表すようになり、「共感」という新語が登場したのです。

「同情」「同感」「共感」は
誰もが混同することなく使い分けていると思いますが、改めてその違いに注目してみたいと思います。

「同情」
Webにズバリと核心を突いた説明がありました。
< 憐れみに支えられた
一方的な
得てして上から目線の
マイナスの出来事に関する共感 >

「同感」
「私もそう思う」「わかる」といった同意を示す気持ち。
同じ価値観を持っている人には持ちやすいが、異なる価値観を持つ相手には持ちにくい。

「共感」
他者の立場になって思いを感じ取ろうとする気持ち。    
異なる価値観を持つ相手に対しても持つことができる。

心理学上の意味を見ると、
「sympathy」
他人の体験する感情を自分のもののように感じとること。
「empathy」
人・物への感情移入。

同情の類語に「惻隠」「憐憫」という難しい語があります。
「惻隠」(そくいん)
かわいそうに思うこと。あわれむこと。
由来は、
孟子の句「惻隠之心仁之端也」「無惻隠之心非人也」等から。

「憐憫」(れんびん)
かわいそうに思うこと。あわれむこと。

「憐」レン・あわ-れむ
1、気の毒に思う。あわれむ。
2、かわいく思う。いとおしむ。

「憫」ビン・ミン・あわ-れむ・うれ-える
気の毒に思う。あわれむ。




posted by 空凛 at 08:58| Comment(0) | 言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする